スライムがマイホーム計画をたてた話

 指輪も渡してプロポーズも終えたのだし、そろそろ二人で暮らすための新居を構えるべきでは、とリムルは唐突に思いついた。というより、何故その発想に今まで至らなかったのだろうと密かに頭を抱えたくらいであった。
 建築に関しては人一倍情熱を注いできたはずなのに、という悔しさはひとまず横に置いて、現状、リムルとベニマルのための新居を建築できるようなスケジュールであるかを確認して、すぐさまリムルは諦めた。建築作業員である猪人族達は現在、各方面でそれぞれの持ち場があり、到底リムルの思いつきに付き合う暇などない。国家事業としての言い訳ができるようなものでもないし、急いで作る必要もないから、諦めるしかなかった。
 今は出来ないとして、家を建てるならどういうのがいいのだろうと妄想するのは、別に悪い事ではなかろうと、リムルは視察や会議の合間を縫って、理想の家について考え始めてしまった。庵はかなり侘び寂びな和風イメージで作ったのだから、それとは別方向もありだろう。建売住宅みたいなものは新婚家庭感が滲み出るものの、リムルの求めるものとは違う。いっそ、海外セレブのような豪邸を目指すのもありなのかもしれない、ロサンゼルスに立ち並ぶセレブの豪邸を遠目から見たTV番組を思い出したが、あんな広さを用意するのは面倒なのでやめた。男二人で暮らすのにあんな広さは不要だ。無駄にも程がある。勿論、ジュラの大森林はリムルの土地なので確保できないわけではないが、工期のことを考えると頭が痛くなる。やるべきことを終えたあとにお願いするつもりではあるし、猪人族達はかなり優秀で仕事は丁寧かつ迅速だが、広ければ広いほど工期が長くなるのは当たり前だし、そんなに長く個人的な我儘で拘束していられない。
 そもそも、二人で暮らす家が欲しいと思い立ったが、誰が掃除をするんだという疑義が生じた。二人とも多忙なのだから、その他に家を管理する者が必要かもしれないが、執務館と違ってプライベートな空間に清掃員とか呼ぶつもりは毛頭ない。見られたくないものとかあるし、と考え始めると意外と面倒なことが多いような気がしてきた。
 現在、庵はリムル自身である程度管理しているが、シュナの手入れもあってこそ、リムルの適当な管理でも清潔を保っているのは理解している。(シオンは戦力外であることは口にする必要もないだろう)
 家電を作ろうかな、とリムルは別の方向へと思考をずらし始めてしまったが、ハネムーンなども行ってられない状況なのだから、家くらいは、と未練がましく考えてしまう。
 今二人がそれぞれ持っている家は、二人の新居としては適当ではない。庵は狭いし、平然と他人の家で寛ぐ悪友達の長い滞在時間などを考えると、新居に移った方が面倒が少ないし、手っ取り早いだろう。また、ベニマルの家は幹部達の家が建ち並ぶ只中にあるため、絶対なにかにつけてシュナやシオンやディアブロがやってきそうな気がする。無論、幹部と馬鹿騒ぎするのも面白そうだが、今のようにあの三人が毎朝起こしにきて、ベニマルとリムルが二人で寝ているのを見られる事態になるのは嫌だ。どうせ、距離的な問題はスキル等で解消されてしまうにしても、言い訳がしにくそうな距離を作って、朝くらいのんびりさせてもらいたいと思うのは、罪ではないはずだ。なので、庵からも幹部達の居住区からも程々に離れている所に家を建てたい。
 そうこうしている内に首都が開発を拡げていい場所がなくなるのも困るので、場所だけは考えておこうと結論し、リムルは指輪で近々会いたいと送信する。思念伝達を仕事用の連絡手段とし、指輪による通信は完全プライベートと分けるのは案外いいアイデアだった。会社支給の携帯電話と自分の携帯電話を使い分けるようなものなのでリムルには馴染み深いし、誤爆回避も出来るので安全なのだ。
 ベニマルはすぐさま返事をくれた。明後日には会う時間も出来るだろうと、リムルはうきうきだった。

 約束の日はすぐにやってきて、リムルとベニマルは会員制クラブのある迷宮の95階で待ち合わせをした。話したい事は色々あるが、普通の飲み屋に二人で行くとあれやこれやと周りが放っておいてくれないので、貴族階級向けに作った会員制クラブは都合が良かった。それに、待ち合わせをすると何だかデート感が出るという理由で時間と場所を決めて落ち合うことにしたのだった。
 時間ぴったりに行けば、既にベニマルが私服でリムルを待っていた。服装に頓着しない男なので、用意してくれたのはシュナだろう。兄のスタイルの良さをよく理解している、とリムルは感心する。足の長さがよく分かる。股下を測ってみたいものだ。その結果次第では腹立たしくて蹴ってしまうかもしれないが。
「待たせたか?」
「いえ、俺も今来たところです」
 そう、このやりとりだよ、とリムルは内心でベニマルに拍手を送った。生前はこういうやり取りをしたいと思っていたのにできなかった。そして今生でもリベンジしたいと常々思っていたのでかなり満足した。可愛い女の子が相手ではないが、ベニマルだって見目はいいし、性格もいいので、そこは良しとしておこう。
 ベニマルを伴って店に入り、VIPルームに案内してもらう。いつもならエルフの女の子達も呼ぶが、今夜はベニマルとのデートなのでご遠慮願った。
「エルフの女達はいいのか」とベニマルにも驚かれたが、ベニマルが女の子達に囲まれてるのはむかつくからと返すと、ベニマルはちょっと驚いて「そうか……」とにやけそうな顔を隠していた。分かりやすく喜んでもらえたので、機嫌よく話を進めることができそうである。
 料理を注文して、程々に酒が入った頃、リムルは本題に入った。ベニマルがどんな反応をするのか、リムルには予想がつかないし、智慧之王はベニマルとのことについてはなんにも答えてくれないので、少々緊張する。
「二人で暮らす新居を建てようかと考えてるんだが、お前はどう思う?」
「確かに、伴侶なんだから、住いは同じにすべきだよな」
 目から鱗という感じだが、感触は良さげである。
「まあ、もっとインフラ整備が終わってからなんだけどな」
「時期はいつでもいいぜ」
「じゃあ、場所とか、どんな家にしたいかとか、なんかある? 考えだけは何となくでも纏めておきたくてさ」
「それで最近上の空だったのか」
「……そんなことないよ?」
 さてはて、家の様式については、やはりベニマルとしては日本風の家屋の方が居心地がいいらしい。それならば、畳生活ということになるが、掃き掃除も拭き掃除も面倒なのでやはり掃除機、いや、ロボット掃除機を開発すべきだなとリムルは決めた。これは生活水準を向上させる一環として、アイテム開発をするのだから、シュナも遊びにかまけてとは怒るまい。
 あとは、浴槽はでかいほうがいいよな、とか、地下に鍛錬場を作れないかとか色々と案が出た。寝室は一つで、馬鹿でかいベッドを置きたいと提案したら、ベニマルが頬を染めて何かをモゴモゴ言いながら頷いたのには、もう面倒なので反応しなかった。初にもほどがある。今夜もこのまま解散するわけがないのに、今からそれでは日々どうするつもりなのだろうか。まあ、一ヶ月も同棲すれば多少は慣れてくれるだろう。
 大体のアイデアは一旦出し尽くしたので、今後は思い付いたら相談する事にした。設計図はリムルが智慧之王に丸投げすればいいので、問題ない。
 食事を楽しみ、ベニマルの家に向かう。といっても、スキルで移動してしまうので情緒がないのがどうにもいただけない。周りに注目されていなければ、手を繋いでそこら辺を歩きながら話をしたりして、デートらしい雰囲気を満喫できるのだが、リムルもベニマルも国の重鎮なので誰もがこちらを見てくるのだ。仕方がない、デートらしいことはリムルの顔を知らない他国に遊びに行ったときにでもする他ないだろう。
 ただ、リムルは店を出る前にベニマルが「今夜は家に来ないか」と誘ったことで気分が浮上しているので、多少の窮屈さを今は気にしていなかった。
 ベニマルときたら、リムルが声を掛けないと中々そういう事について申し出てこないのだ。確かに、ただの知的好奇心を満たすためだった頃はリムルの方からしか誘ったことはないが、今や伴侶なのだし、ベニマルから誘われてもいいはずと待ち構えていたが、どう考えてもリムルが誘う比率の方が遥かに高い状況だった。そんな中、ベニマルが頑張ってリムルを誘ったのだから、多少浮かれていても許されるべきなのだ。
 さて、ベニマルの自宅に到着したが、なんとベニマルが簡単な料理を出してきて飲み直しをすることになった。それは全然構わないのでありがたく酒を頂いているのだが、よもや料理にまで手を出すとは思っていなかった。
「シオンが料理勝負を仕掛けてくるようになってな、その内に覚えたんだ。分からなけりゃシュナに聞けばいいしな」
 なんでも、魔物連邦国のルールの一つに仲間内で争わないとあるから、リムルとベニマルの関係を反対しているのに、力でねじ伏せることができない事で、シオンは自身の得意分野(と本人は思っている)である料理で競い合い勝利するのは問題ないはずと考えたらしく、料理対決を挑んでくるのだそうだ。確かにベニマルとシオンの(一方だけが)本気のバトルをされたら周りへの影響が酷いのでありがたいし、シオンもそこは考えてくれるようになったのは成長を感じさせるがそこで料理対決になるのは理解できなかった。
 兎にも角にも、シオンの料理の毒見をしつつ、シオンが呼んできた審判役のシュナとゴブタの意見を聞きながら、毎度毎度相手をしていたら、それなりに作れるようになってしまったという。
「今はまだまだだが、いつかはシュナを超えてやりたくなってきてな」
 やり始めると拘るらしいベニマルは妹の協力のもと、とっくの昔にシオンを超えてまともな料理を人に出せるくらいになった。リムルの「THE 独身男飯」なんぞ出せないぞ、と思わされるくらい、ちゃんとしたものが出てきたので、二人で暮らすことになったら料理は智慧之王に丸投げさせてもらわないと威厳を保てないに違いなかった。ベニマルの向上心が強いというのは前々から知っていた事だったが、まさか料理にも適用されるとは想像だにしていなかった。この勢いで他の家事も習得してくれると大変嬉しいのだが、とこっそり期待してしまう。
 ベニマルの作った料理を食べつつ、歓談は続く。
 宅飲みは久しぶりだ。こういう時にはテレビが欲しいとついつい思ってしまうものだ。下らないクイズ番組、トーク番組など、そういうのを見ながら笑って酒を飲み明かしたくなってくる。技術面では現時点でも可能かもしれないが、如何せん、番組作りの方が難航しそうである。それでもいつか娯楽番組を絶対作ろうと決めた。テレビで魔物連邦国の宣伝も出来たら、より大きな利益を得る事もできるのだから、これはミョルマイルを巻き込まなければなるまい。必ずや全世界にテレビを普及させ、生活の娯楽水準を上げてやろう。そして宅飲みの楽しみを増やすのだ。
 さて、ベニマルの手料理と新しい計画を立案できて上機嫌なリムルは、そのままベニマルと夜を共に過ごした。勿論、酒だけではなく、伴侶らしい夜を過ごした訳だが、ベニマルがピロートークでぽつりと漏らした言葉で恍惚状態から目が覚めた。
「大鬼族の里があった場所に家を建てるのはどうだろうか」
 ベニマルは穏やかな顔で語る。現在は仇討ちを果たしたわけだが、それでもあの時の苦い気持ちは未だ消えたわけではないだろうに、ベニマルは落ち着いている。この男の感情を割り切れる器の大きさはリムルも見習わねばならないところだ。
「お前の親父さんたちに怒られないか、俺」
 死んでいったベニマルの仲間達はもうどこにもいない。リムルでさえ何とかできるものではない。だからこそ、死者の気持ちを慮れば、族長になるはずだったベニマルを伴侶にしてしまったリムルは彼らにとって受け入れられないものではないかとも思ってしまう。そこには誰もいないはずなのに、その情念を思ってしまうのは、リムルが人間だったからだろうか。だが、ベニマルはリムルの微妙な気持ちも理解してくれたらしく、優しく手を握られた。擬態した手はベニマルの大きな手に包まれて、僅かに感じていた緊張を解いた。
「まさか。皆歓迎するさ。それに、シュナ達にとっても、あの里がまた賑やかになれば嬉しいだろ」
 思い出が詰まった場所がいつまでも無人で寂れているのは悲しいとベニマルは言う。三上悟であった頃にはそんな事態は中々なかったので想像するしかないのだが、その切なさは伝わってくる。取り戻せないのなら、新たに創り上げるしかないのだ。
「皆の意見を聞いてみよう。あの土地はお前ら皆の思い出があるからな。話し合って問題なければ、あそこに家を建てることにする。それで構わないか?」
「ああ。ありがとう、リムル様。これで皆の供養ができる」
 リムルはベニマルの額にキスをして、その晩はベニマルの手を握ったまま、眠りについた。