スライムが開発した新アイテムで妖鬼にプロポーズした話

 はあ、と溜息を吐いてしまったリムルに、シュナがいかがしましたかと心配そうに尋ねてきた。リムルはあまりアンニュイな様子で溜息を吐くことがないので、それはもう珍しくて仕方がないのだろう。
 しかし、内容が内容なだけにこれをシュナに漏らしていいものかと悩んだが、全く無関係の人間に漏らす方が宜しくないかと結論して、リムルは口を開いた。
「いや、ベニマルがさあ……」
「兄が何をしでかしたのです?」
 既にシュナはベニマルが失態を犯したと決めつけているようであったが、あながち間違いではないので、リムルは気にせず続きを話す。
「俺達、伴侶になったけど公式には何にもしてないじゃん。だから、指輪を渡そうと思ったんだが、あんまり反応よくなかったんだよな」
 先日、ベニマルに指輪やデートについての相談をした時、一応話し合いは出来たが、乗り気ではなさそうだったように感じられた。リムルとしてはシンプルなのよりちょっと拘ったデザインでもありなのではないかと思ったのに、ベニマルの「刀を握る時に邪魔になるようなのは、ちょっと」という言葉で結局面白みのないものに決まったのだ。まあ、その理屈は理解できるし、パートナーに意見を求めておきながら取り入れない訳にもいかないのだが、何となく気になってしまったのだ。
「ペアリングというものですか?」
「そそ。異世界では結ばれたカップルは左手の薬指に指輪をつけるんだ。それを贈ろうと思ったわけ」
「可愛らしい風習があるのですね」
 シュナが微笑むので、実はサラリーマン時代に女の人の薬指に指輪があるかどうかを気にしまくっていた時期があるなんて言えなかった(35を過ぎてからは虚しくてやめた)。
 さて、指輪をしていたら伴侶らしいかと思ったので、提案しただけなのだが、ベニマルはどうしてあまり喜んでくれなかったのだろう。
「恐らく照れているだけです。気にするほどのことではありませんわ」
「そんなもん?」
「或いは先を越されたと焦ったのかと」
「え?」
「リムル様が兄への贈り物を考えたように、兄もまたリムル様に何かを差し上げようと考えていたのでしょう。ただ、それをちゃんと言えるような性格ではありませんから」
 シュナのばっさりとした言葉にリムルは納得した。そういや、ベニマルはこういう恋沙汰には疎いし鈍いし得意ではない。最近はだいぶ慣れた方だと思っていたが、そもそもが苦手なのだから、成長したように見えてまだまだなのだと認識を修正する必要があるらしい。
「めんどくさい奴だなあ」
「不慣れな内はちっぽけなプライドを守るのに必死になるものです」
 何でもないことのように語っているが、経験者のような辛辣な言葉が出てくるシュナの過去が気になってしまう。女の過去を詮索するなんて野暮だが、いやしかし、そんなことをさらりと語れてしまう程の経験があったということなのか。気にする必要はないのに気になって仕方がないが、藪を突くと蛇が出るだけである。
「まあ、ベニマルの意見も聞いたし、指輪の相談をドルドにしてくるわ」
 これ以上はやめておこうという直感で、リムルはドルドの元へ向かうのだった。

 さて、ドルドに会うまでに刻印する魔法について考える必要があるが、そもそも伴侶の証にするものにそんなものが必要なのかと問われると悩ましいところである。ただ、どうせ身につけるなら効能があった方が嬉しいというだけの思い付きでしかなかったが、ベニマルの態度を考えると効能付きであるからこそ指輪の着用に前向きになってくれたような気がするので、思いついた自身を褒めたくらいである。ベニマルはそういう乙女心を理解できないので、実際誰かを娶ったらその辺りの見解の相違で喧嘩しそうだ。(乙女心というのは言葉の綾であって、性別がなくとも、またベニマルにどれほど抱かれていようとも、間違いなくリムルは男なのであるが)
 閑話休題、ベニマルとリムルが伴侶である証として身に着けるのならば、それらしい効能である方がいいような気がするが、それらしいというのは一体何かを考えてみる。思念伝達出来るから、通話機能は意味ないような気がするし、そもそもこれほどまでに深い関係になった相手など人間だった時代も含めていなかったので、何が「それらしい」のか分からないため、想像がつかない。ベニマルに相談しようにも乗り気じゃなさそうだったのが気になって、相談しづらいというまさかの現実にリムルは直面しているのである。単なる上司部下なら簡単で単純で楽だったのに、と多少悔やみつつも、もう好きになってしまったのでどうしようもない。
 しかしながら、改めて考えてみると周囲に既婚者がなかなかいないので、相談できる相手がいないと気付いた。交流のある他国の王達もほとんどが既婚者ではない。ガゼルなんかだと既に凄い美人の妃がいてもおかしくない筈なのに、独身だ。三馬鹿冒険者たちは無論独身。ハクロウも娘はいるが、カエデとは生活を共にしたことがほとんどないので既婚者扱いは違うだろう。
 その他大勢の仲のいい魔物や人を思い出してもほとんど既婚者がいない。思い出せたのはリグルドやヨウムくらいだ。
 リグルドは息子が2人いたから女房がいるはずだが、今のところ見かけたことも聞いたこともないので他界しているのだろう。
 ヨウムは現在進行形で妻帯者なので、ヨウムに聞くのがいいかもしれない。魔物ではないから、ベニマルの求めるものとは違う回答を得ることになるかもしれないが、何らかの発想のきっかけにはなるだろう。ただ、ヨウムもファルメナスの王として多忙な日々を送っている。ミュウランもそれは同じだろう。リムルの超個人的な相談に乗る時間なんてあるのかどうかと考えると悩ましい。
 なら、とりあえずお守り的な意味合いで効能について考えることにする。普通なら状態異常耐性を上げるだとか防御力アップとかでいいはずだが、ベニマルもリムルもそういったものは既にスキルとして身につけているので不要である。
 まだ移動系のスキルとかを持っていなければ刻印式魔法陣を智慧之王で最適化させて指輪に刻印したりするのだが、それもこれもすべてスキルでまかなえてしまうので、意味がないとリムルは頭を抱えてしまった。無論、あらゆる状況を想定して、スキル以外でも連絡手段や移動手段を持つべきではあるが、リムルとしては日常的に使うものがいいのである。
 それに、夜以外に二人だけの時間を取れない多忙な現状で、伴侶の証を互いに持つことには意味があるはずだ。指を見て、人生を共にすると示したものがあれば、気持ちは離れていかないだろう。このままプライベートの時間を確保できないと、過去の失敗を繰り返してしまいそうなので、リムルはかなり指輪にこだわり始めている。
 前世含めて15年以上得られなかった恋人なのだ、空回りそうだし、妙な気合も入りつつあるが、何とかして指輪をはめてもらって、体裁を整えたいし、牽制だってしておきたい。
 魔王リムルの伴侶を誘惑したり略奪しようなんて物好きはいないだろうが、知らなければ誘われてもおかしくないくらい、ベニマルはモテる。
 今までは羨ましいねえと流せたものが、今はちょっとした焦りもないわけではない。無論、ベニマルはありがたいことに色恋沙汰には不器用なのでワンナイトラブとか絶対できないタイプだから浮気の心配はないが、誘われてる時点でムカつくので、指輪をはめさせて、「ベニマルは魔王リムルの伴侶」と無言のアピールを常にしておきたいのだ。
 あんまり口にしたくないし、誰かに勘付かれると恥ずかしいので隠してしまうが、こういう男のみみっちさというか、妙な独占欲はリムルにだってある。そういうのを汲み取れよな、とベニマルの態度を思い出して少しイラッとした。
 そもそもあまり話し合う時間を持てないのが問題なのだ。仲間として上司部下として仕事の話をする事はかなり多いが、ちまちまとしたいちゃいちゃタイムというべきデートや食事はあまり出来ていないから、指輪指輪とリムルもこだわってしまうのだ。つまり、コミュニケーション不足が不安というわけだ。
 ならば、とリムルは智慧之王に計算を任せ、自分の発想を具体的かつ論理的に整理してから、ドルドを訪ねたのであった。

 きれいな小さな箱に収まる指輪を見て、ベニマルが目を瞬かせた。なんの前触れもなく箱を取り出して、見せつけただけなので、反応が薄くても何も思わなかった。なんせ、プロポーズというのは今更だし、ロマンチックかつドラマティックに渡すのは恥ずかしくて無理だったので、普通に庵に呼び出して、縁側に並んで座ったところで指輪を渡したのであった。月明かりにきらめく指輪はささやかだが、確かに存在を示している。
「手、貸してみろ」
 指輪ケースから魔鋼の細い指輪を取り出して、ベニマルの男らしい左手の薬指にはめてみた。智慧之王の測定で何号の指輪がいいかは既に判明していたので、サイズはぴったりだ。
「ほら、お前も俺につけてくれよ」
 左手を差し出して促すと、何故か緊張した様子でベニマルは指輪をはめてくれた。シズの体を擬態している細くてきれいな指に、シンプルな指輪はよく似合った。三上悟の体ではちょっと不釣り合いだったかもしれないな、と改めて思いつつ、お互いの指に輝く指輪に満足した。これだよ、これ、とリムルは満悦である。婚姻届を出すわけでもないので、それらしい何かを持って、漸く実感が湧いてきたのだ。
「一応、誓いを立てとくか?」
 健やかなる時も病める時も、などという文言の全ては思い出せないが、それっぽい事をつらつら述べて、キスをすればいいのではないかと思い付いた。
「一応ってなんだよ」
「まあまあ、俺の故郷では、どんな時でも相手を愛し慈しむことを誓うかって結婚式の時には聞くのが定番なんだよ」
「そんなこと、誓わなくても変わりはしない。俺の全ては既にリムル様に捧げている」
「確かに、毎度毎度物凄く濃いものをくれてるな」
 腹を撫でて意図的に妖しく微笑むと、「リムル様!」と叱られたので、あははと笑えば顔を真っ赤にしたベニマルが、はあと呆れたように溜息を吐く。リムルは外見がどうであれ、中身は壮年のおっさんなのだ。上品さを求めるのが間違っている。
 ベニマルは態とらしく咳をして、空気を仕切り直すと細長い箱を取り出し、リムルに差し出した。
 箱の中身は短刀だった。ただ、クロベエの作ではないというのだけは解析して分かったが、では一体誰のものだろうと考えて、シュナの言葉を思い出す。
「これ、もしかして……」
「俺が鍛えたんだ。出来れば渡すのが同時にならないように急いだつもりだったが、流石はリムル様だ。やることなすこと早いな」
 流石に装飾等は素人なのでクロベエの弟子にお願いしたらしいが、鍔やハバキ、鞘などを作ったのもベニマルらしい。
「一応、使えるものを目指して打ったが、素人だからな、あまり実用向きではないだろう。ただ、俺からリムル様に贈るとしたら、これだと思ったんだ」
 要するに右腕=信頼している部下=懐刀=短刀の連想ゲームのようである。この男、いつまでたっても伴侶らしいことを中々出来ないらしい。忠誠はありがたいが、もう少しロマンチックなものを渡せるようになれないものか、と思いつつ、リムルは刀を有り難く頂戴した。守り刀というのは男のロマンとしては満点である。ただ、ロマンスが足りないだけだ。
「そうだ、指輪の機能の説明忘れてたな」
「機能?」
 指輪には三つの小さな凹みがあり、無色の小さな魔石を埋め込んでいる。また、指輪の内側には魔法が刻印されている。これがリムルの考案した新たなアイテムなのだが、ベニマルは全く想像がつかないらしい。簡単に察せられたら、ウンウン悩んでいたのが形無しなのでそれでいい。
「いやな、俺達忙しくて中々会えない日も続くじゃん? だから、思念伝達とかのスキルや魔法を応用して、メッセージを記録するデバイスを作ってみたんだ」
 魔素を込めて思念を指輪に溜めると、その思念が相手の指輪に転送され、相手が受け取るまで保留されるようになっている。発想の基は留守電やインスタントメッセンジャーだ。記録できるメッセージの数は多過ぎても受け取る側が困ると考えて、最大三つにした。メッセージを送信・受信すれば、魔石が一つ色が変わるようになっており、受信した側がメッセージを開封すれば、送信者・受信者ともに元の色に戻るようにしたのである。つまり、上限の三つを送った後に相手が全て開封すればまた送れるようになっている。
 これの目的は、即時に連絡すべき内容ではないけれど、伝えたいなと思った事を伝えられるようにした事だ。仕事の内容はこれで連絡されると困るが、しょうもないことや、些細なことはこれを利用してやり取りできるようになる。吉田の新作スイーツが美味しかったから今度食べに行こうなどの、じゃれ合いみたいなやり取りをしたくて開発したのだ。
 また、これの利点は他者にこのメッセージの内容は分からないようになっていることだ。思念伝達だと割り込まれたりすることもあるが、これは互いの指輪間で送受信するので、その心配がない。だから、他人を気にすることなく、好きなことを言い合える。
「今から実践してみるぞ」
 指輪に思念を込めると、リムルとベニマルの指輪にはまっている無色だった魔石がターコイズブルーに変化した。
「ベニマル、魔素を込めろ。そしたら受信できるから」
 半信半疑の様子でベニマルが指輪に魔素を込めると、ハッと表情が変わって、それからじわじわと顔を赤くした。見事成功したようで何よりである。
「これなら、口下手のお前でも多少は言いやすいだろ?」
 イタズラ成功と言わんばかりにニヤニヤするリムルにベニマルは「あなたって方は……本当に……」と天を仰ぐ。
「返事くれよ、なあ?」
 ベニマルはリムルを抱き寄せる。
「不肖ベニマル、あなた様に見出されて、伴侶になった。この幸運と幸福は一生のものだ。どうか、命続く限りお傍にいさせてくれ」
「勿論だよ、ベニマル。これからも宜しくな」
 リムルはベニマルの左手を自分の左手で握ってから、その唇にキスをした。こうして、漸くまともなプロポーズが終わったのだった。