右腕が思い悩んでたけどとりあえず解決した件

 リムルの愛が大き過ぎることについては昔から分かっていた。ベニマルが名も無きオーガだった頃から、リムルは寛大で、困っている者がいれば手を差し伸べる優しい心の持ち主であり、問題を解決できるだけの能力も機転も持ち合わせている。そんな存在に仕えることが出来て誇らしく思っていた。
 強いだけでなく、立派な心根の主君を得るというのは存外難しい。無論、勇者や英雄みたいな存在は人間でさえなければ恐らく見所のある者もいるのだろうが、魔物の主に相応しくない。その点、リムルはベニマルの先祖から数えても中々いなかっただろうと思われるくらい素晴らしい主君だった。そんな主君の右腕として頼りにされることがどれ程嬉しいか、ベニマルが言葉を尽くした所で全てを伝えきれないだろう。
 だから、荒木白夜達の残した文化の内の一つである衆道を口にして、それ程までにリムルに対して忠誠を捧げたいと伝えたのだ。その時はリムルがスライムであり、性欲がないと分かっていての冗談のつもりだったのだが、リムルがその文化に存外食いつき、盛り上がったついでに試してみようということになった。ベニマルにしてみれば願ったり叶ったりで、喜んで己の全てでリムルに尽くした。この時は体を繋げることはなかったが、手と口で出来うる限り尽くしてみせた。
 その時のリムルの驚愕と恍惚の表情に、ベニマルは衝撃を受けたのだ。人間の少女のような面立ちは確かに美しかったものの、所詮は擬態と思って深く考えていなかったのだが、その人間の顔に浮かび上がらせる表情は他の何物にも代え難い美しさがあった。口付けた時の期待に煌めく瞳も、初めての事で翻弄されて困惑する唇も、おずおずと触れようか触れまいかと悩む舌も、行き場を見つけられないで狼狽える手も何もかもが衝撃だった。初めて可愛いと思ってしまったのだ。
 だから、丁寧に丁寧に、怖がらせないように優しく口付けを繰り返し、このような形で忠誠を捧げられることの喜びが伝わるように情熱的に愛撫して、その夜は肌を重ね合わせて眠ったのだ。
 翌朝のリムルはけろりとしていて、夜中の信じられない程の美しさと可愛さはどこに消えたのだろうというくらいあっさりしていたが、あんなものを昼間から見せられたら正気を保てる気がしなかったので、却って安心したものだ。
 その後、衆道を気に入ったリムルと幾度となく夜を共にした。
 回数を重ねると、リムルは擬似的な穴を作り上げた。何でも、性別を特定してしまうような生殖器官はどう頑張っても無理だったのに、何にも繋がらない穴ならば作ることができたというのだ。つまり、祖先から教わった衆道では主君が部下を抱く所を、リムルとベニマルは逆の立場になってしまう事になった。それでもリムルは衆道の中で感じる快楽を楽しんでいて、男らしさの象徴を取り戻せないのなら女の子気分を楽しむのもアリと考え直して、ベニマルを迎え入れる為に自己改造したらしい。
 その話を聞いた時点でベニマルは目眩がする程の歓喜と凶暴な情欲に負けそうになったが、実際に女を抱くようにリムルの中に入り込むと、我慢とか自制とか、そんな言葉が吹っ飛んで、ただただリムルを喜ばせたいという気持ちがベニマルを支配した。
 最初はただの穴という言葉の通り、リムルは何も感じていなかったのに、事の最中に再調整を何度か行って快楽を得られるようにしたことで、ベニマルとリムルはめくるめく官能の世界に溺れることになった。信じられない程の気持ちよさと溢れ出る感情はベニマルの腰の動きを加速させるばかりだったし、リムルはそんなベニマルの激しさによって乱れていくので、ベニマルが力尽きるまで二人の夜が終わることはなかった。
 その次からはその穴を使うのは当然とばかりに、リムルが前世での知識をベニマルに共有して、やってみないかと誘うようになった。ベニマルは一も二もなくその誘いに飛びついてはリムルを抱いた。その誘われた夜の内に覚えた体位で一番頭がおかしくなりそうだったのが駅弁とリムルが呼ぶものだった。男は立ち上がり、挿入した女を真正面から抱き上げるというよく分からないものだったが(生殖という面で考えれば非効率的だ)、リムルを抱き上げてその身体全てでひしと捕まえられるのはめちゃくちゃいいと気付いたのだ。こんな高揚感は中々得られない。目の前で快楽に耽るリムルの蕩けるような顔を見れるし、キスをすれば腕をベニマルの首に回して更にしがみつき、より高みにのぼろうとしてくる。幸せそうに喘ぐリムルを見て、ベニマルの理性は吹っ飛んだ。
 お陰で体力の消耗量だけで言えばハクロウの本気の修行と何ら変わりないくらい、凄絶な行為を繰り返すことになったのだが、それでもリムルは翌朝になると、何もなかったような爽やかさでベニマルを起こすのだ。夢だったのではないかと思う事も多々あったが、偶に朝にもキスだけねだられて、あんなに乱れるリムルは現実で、あれもこれも全てベニマルがやったことなのだと実感できた。

 しかし、モミジとアルビスがよりにもよってリムルの眼前でベニマルに求婚した日から、リムルはベニマルを誘わなくなった。勿論今までも毎日夜を共にした訳ではないので、一ヶ月くらいは何も思わなかったのだが、そろそろ誘われるだろうと期待した日を過ぎてもリムルは何も言わなかった。その間、ベニマルは周囲のからかいや求婚でどうにも落ち着けなかったから、リムルに求められる事で安心を得たかったという気持ちもあった。
 リムルとの夜の関係は恋人同士のものではなくて、あくまでも衆道のものでしかないとベニマルは考えていたので、リムルが女にデレデレしていても、大きな乳房に目を奪われていても何も思わなかったが、初めてこの関係が主従の延長でしかないことが怖くなった。
 リムルはベニマルを信頼してくれている。それは間違いない。だが、他の皆にも同じだけの信頼を置いている。特別誰か一人を贔屓することはない。この世に四体しかいない竜種のヴェルドラすら、リムルは崇め奉ることなく盟友として対等に扱うし、最古の魔王であるミリムもラミリスも、リムルにとっては仲のいい友達なのだ。その公平さをベニマルは好んでいたのに、初めて自分だけがリムルを抱ける権利を持っているわけではないと思い至ったのだ。リムルが望んで声を掛ければ誰もが喜んで夜の伴をするだろう。
 女達に言い寄られているベニマルをリムルは止めなかった。主従関係でしかないから、リムルはベニマルがどの女と番になろうとも認めるのだろう。それは嫌だと初めて恐怖した。リムルはベニマルに嫁が出来れば夜の伴に呼んでくれなくなるに違いない。それでもあの快楽を求めるならば、他の奴に声を掛けるかもしれない。例えばディアブロならば、悪魔という種族故に伴侶など求めないので、永久的にリムルの相手になれる。ベニマルはリムルに求められなくなる。
 そんな想定をするだけで胸が引きちぎられたような痛みを訴えているのに、それが現実になった時、ベニマルは自分がどうなるのか考えたくもなかった。この気持ちに名を付けるなら、恋とか愛とかが近いのかもしれないが、そんな良いものではないとベニマルは否定したい。リムルを独占できるなんて思わないし、そんなのは皆にも悪いとは思う。それでも、リムルに快楽を与えてあれ程までの幸せを感じさせるのは自分だけがいいと願ってしまう。
 これが好きという気持ちなら、何故今頃になって暴れ出すのだろう。もっと穏やかな時に自覚していれば辛くはなかったろうに。

 暫くして、偶々リムルの庵を訪ねる機会を得た。二人きりになるのは久しぶりという訳ではなかったが、先日己の気持ちを自覚したベニマルは要件を話し終えると、つい、「最近は夜に誘ってくれなくなったな」とこぼしてしまった。嫌味のようなことを言うつもりはなかったので時間を巻き戻して自分を殴りたくなったが、どうにも出来ない。対するリムルはちょっときまりの悪そうにして、「いやだって、モミジ達に悪いだろう?」と言ったのだ。
 やはり、と落胆したが、こればかりはリムルは無関係な事なのだ。巻き込むわけにはいかないのに、一緒に苦しんでほしいとも思うし、助けてくれないかと弱気を見せて甘えたくなる。そんなみっともない真似はしないが、思いついてしまってる時点で惨めったらしい。自分らしくないとベニマルは気を引き締める。
「リムル様はどう思う?」
「皆いい娘だろ、羨ましいよ。俺もお前みたいにモテモテだったらいいのになあ」
 しみじみと本当に羨ましそうに言われると奇妙な気持ちになる。魔物連邦国一の人気者で、アイドルとして持て囃されているのはリムルの方だ。
「リムル様は皆に好かれてるだろ? オレなんて比べ物にならない」
「いや、求婚とかされたことないぞ。大体、人間だった時から──いや、過去の話はやめよ。うん、常に前向きに生きていかなきゃな」
 ふと、リムルの口からスライムになる前の話──前の世界での話が漏れた。リムルは人間の頃の話をあまり口にしない。いつも前向きで面白おかしく生きようと楽しいことばかり見せてくれるのだが、リムル自身の過去などは教えてくれない。懇ろの仲であるベニマルも聞いたことがない。
「気になるじゃないですか」
 ちょっとせっつくと、リムルは仕方がないなあと話してくれた。
「大したことじゃない。まあ、なんだ、女の子と付き合った事はあるけど、結局何やかんやでうまくいかなかったなあとか、そういうやつ」
「……好いた相手がいたのか」
 今のリムルを見ているとそんな過去は想像がつかない。誰かを好きになって、恋人になって幸せそうにしているリムルなんて、今のベニマルには想像したくもない話だった。
「大昔だよ。十年以上前だ、てかそんなに前なのか? 寧ろそっちに驚くわ、うわー、マジかよ」
 スライムとしてはまだ二年程度しか生きていない筈なので、本当に人間の頃の話なのだろう。
「その相手とはどうなったんだ?」
「最後のカノジョは大学ン時だから、二十歳になりたての頃だったかな。高校の時に通ってた塾の同級生で、地元からあの大学に行ったのが俺とその子だけだったんだ。それで付き合い始めたけどすぐに別れたな。相手がサークル仲間と浮気してさあ、わりかし地獄だったなあれ。でも、俺、大体ろくな事にならなかったな。自然消滅とか、進学先が違ってすれ違いとか」
 大学というのは専門的なことを学ぶ学府らしい。リムルのいた国では十八歳になると試験を受けてそこに入学し、様々なことを学んでから社会に出るのが普通だったそうだ。いずれ、この国にも教育のための施設をいくつか作るので、大学みたいなものも設立するつもりだという。高校も塾も教育機関の名前らしい。リムルのいた国では何段階にも分けて子供に教育を施してから社会に出して大人扱いしたという。そんな事は魔物の生き方と全然違いすぎてよく理解できない。ただ、リムルは違う世界で生きてきたのだと強く実感した。
「いろんな相手がいたんだな、少なくとも三人か?」
「三人だけだ。最後に浮気されたの、かなりショックで大学時代はバイトとアニメ三昧だったし、就職してからは仕事楽しかったしな」
 ゼネコンといって、現在ゲルド達が担っているような国の基盤である建築等に携わる仕事だったらしい。なるほど、リムルは家を建てる時に見えない所も工夫していたが、それらの発想もその仕事の影響なのだろう。軍事にも力を入れているが、その実、インフラと呼ぶ生活基盤の発展に情熱を捧げているようにも見えるのも、前の仕事が好きだったからに違いない。今も国の為に日夜働くリムルを見れば、人間だった頃の姿も想像がつく。
「今はどうなんだ? 恋人とか欲しいのか?」
「あんまり考えた事なかったな。それに、やることがたくさんあり過ぎて正直それどころじゃないだろ」
 その言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。その通りだとも、リムルは恋人にかまけるような状況に今はなく、自分を慕い、付いてきた魔物達の為に生きているのだ。その中にベニマルも含まれている。ベニマルはリムルの横に立てるような立派な侍大将になったつもりでいるが、実はまだまだリムルの庇護にあり、リムルが背中を預けられる程の男になれていないのではないだろうか、という疑念が浮かんできた。リムルと過ごした夜はそんな合間の夢のような出来事でしかなく、リムルの伴侶になりたいなど烏滸がましいことを願える立場ではないのだ。なのに、リムルの伴侶になりたい、あわよくば願い出て、受け入れてもらえないだろうかと、無意識に思っていたことに気付いた。なんて恥知らずな男なのだろうと自分を殴りたくなったが、この醜い願いを否定した所で消えやしない事も分かっていた。男らしくない、自分らしくない、それでも、リムルを求める気持ちを捨てられるはずがない。この醜さを知られたくないのに、知ってもらって救われたいとも思う。困っている者に手を差し伸べる優しさを、このベニマルの未熟な心にも向けてほしい。その一瞬の葛藤は、悪い方が勝ってしまった。
「俺に抱かれる時間もないほどだもんな」
 そんな事をリムルは言っていない。モミジ達の気持ちを考えての行動だと先程聞いたばかりなのに、弱さが勝ってしまった。あ、と失態に気付いた時、リムルは怪訝そうにこちらを見て、何かを言おうとしたが、それは庵に襲いかかった衝撃で掻き消された。
「今、なんと言った、ベニマル……?」
 それは正しく修羅の相貌をしたシオンだった。失言に失言を重ねたのだと察して、ベニマルは臨戦態勢に入ったが、ディアブロが後ろから攻撃してきたことにより状況があまりにも自分に不利だと悟り、とにかくリムルを巻き込まない為にも庵を脱してジュラの森林の中でも街から遠い所を目指して走った。
 その後、いろんな出来事で呆然としていたらしいリムルが追いついて事態の収拾に努めてもらったおかげで、この出来事は突発的な訓練ということにして、内々で処理された。

 リムルが秘書達を叱った後、ベニマルは激情に任せてリムルを抱いた。リムルの心遣いを無視した己の行動と、抑えきれなかった懇願のどちらにも腹が立ったし、同時に何故こんな事をしてしまうのかと頭を抱えた。大鬼族から鬼人へと進化したというのに、この心は何も知らなかった頃の方がよっぽど穏やかだったし、こんな愚かな事をしでかすようなこともなかった。好きになればなるほど、自分の愚かさを感じて惨めになるなど、思いもよらなかった。それでも、リムルの事が好きだというこの気持ちはどうにもならない。こんな気持ちはリムルの為にはならないというのに。
 翌朝、目覚めてからベニマルはリムルに土下座した。
「昨夜は愚かしいことを口にした。すまない。リムル様のお心を蔑ろにして、許されるはずもないが、出来れば謝罪だけはさせてくれ」
 リムルはふむ、と首を傾げる。
「いやさ、伴侶にしてくれって言ってたけど、現実問題、お前は俺の右腕で、軍事のトップで四天王の筆頭だろ? 今現在、お前は俺の名代を務めることもある。これ以上お前に肩書をやるのも別に嫌じゃないけど他の幹部とのバランス悪くなると思う。そういう意味では無理かな」
 リムルは穏やかにゴメンなと苦笑している。ベニマルの無体など少しも響いていないようで、安堵すべきなのに心の何処かで寂しさも感じる。そんなことを言える立場ではないのだから、と己の太腿を抓る。今日からはリムルに求められなくても心を乱さないよう、ハクロウの修行を受け続けて、無我にならなければならないと決意した。
「ところでさ、お前が俺にあんなことをねだるなんて珍しいけど、どうして伴侶になりたいなんて言い出すんだ? 奥手なのは知ってるけど、俺に逃げたくなるほど嫌なのか?」
 その質問はベニマルの心の弱い所にぐさりと刺さった。聞かれてしまうのは当然なのだが、できれば触ってほしくない話題だ。モミジやアルビスなどの女達が嫌いなわけではない。好きとも言えないが、だからといって蔑ろにできないし、ただただどう扱えばいいのか分からなくて困惑しているだけなのだ。しかも、これが一人の女だけならベニマルとて腹を括れたかもしれないが、何故か同時に何人もの女に言い寄られているのが、余計にベニマルの戸惑いを増やしているのである。求婚を断るのはかなりの精神力が必要で、泣かれると分かっていても言わねば終わらないのだと思うと気が滅入るのだ。だからといって逃げるのは彼女達にも悪いと覚悟して、断れる範囲はきっぱり断るようにしている。モミジとアルビスについては様々な思惑や人間関係が絡んでくるため、できれば触りたくない案件というだけで、いつかは決着をつけるべきだと考えている。それから逃げる為にリムルを利用しようとは思わない。巻き込まれてほしいと思った気持ちと利用しようという発想は別なので、それはこの際なかったことにさせてほしい。
「あいつらがきっかけなのは確かだが、直接の原因じゃないです。ただ、俺が誰かを娶れば、リムル様は他の奴を閨に呼ぶんじゃないかと思うといてもたってもいられなかった。他のやつがリムル様を抱くなんて想像したくもない。ただ、それだけだったんです。伴侶になれば、俺だけがリムル様を抱けるんだと周りも分かって、手出ししないんじゃないかって──馬鹿な妄想だ。気にしないでくれ」
 リムルはふむ、と相槌を打ち、考えるような素振りを見せた。怒っているわけではないようだが、思っていた以上に真面目な顔でこちらを観察されていて、座りが悪い。何せ、ただの悋気の暴走の結果の発言だったのだ。真面目に考えないで、ただただ無理だと否定されていたならば、申し訳なさも惨めさも感じなくて済んだのに、と逆恨みしつつ、それでもベニマルの事を真剣に考えてくれることには嬉しく思う。好きという気持ちは面倒くさくて疲れる。相反する考えと感情が同時にせめぎ合うので、真っ当な判断を下せそうにないのが困るのだ。情けない自分にも腹が立つし、リムルにも迷惑を掛けているのだと落ち込みたくなる。ややこし過ぎる。もっとシンプルに生きれたらいいのに。
「お前さ、誰かと付き合ったことある?」
 一瞬何を言われたか理解できず、予想外の言葉に狼狽えたが、ないとだけ返した。何を考えてのその言葉なのか、リムルの発想についていけるだろうかと不安になる。
「いやな、単にアレだよ、お前のそれは、学生時代に付き合ったことない奴が社会人になって初めてカレカノ出来るとメンヘラになって振られるパターンだな。よくあるよくある」
「すまん、異世界の言葉で言われても分からん」
「いや、要するに経験不足なのに空振りしすぎて間違ったことしちゃってアカンくなるやつ」
「ああ……」
 返す言葉もないくらい的確に言い当てられて、逃げ出したくなる。その通りだと思う。誰かをこれほどまでに好きになるのは初めてだ。見惚れた相手くらいはいたが、深い関係になっても尚手に入れられない相手を好きになるなんて、経験があるはずがない。あってたまるか。
「とりあえずだ、人は、いやまあ俺達魔物だけど、まあ、失敗してこそ初めて成長するもんだ。お前も失敗していいんだし、その分だけ成長すりゃいいんだ」
「しかし、死にたい程の恥を晒してしまってるんだが……」
「黒歴史を築いちゃうのは仕方ない。俺もこういう事については消したい過去しかない」
 先日の浮気した女とか、すれ違いで別れた女のことだろう。
「リムル様でもか」
「誰だってそうだろ。そーゆーもん」
 そう言われると、何だか常に張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。自分だけじゃない、リムルでも不慣れだったと分かると、途端に安堵した。現金すぎやしないかとも思わないでもないが、事実、凄く気が楽になった。
「あとメンヘラになる前に俺に相談しろ。俺のせいでお前が苦しむなんて嫌だよ」
「すまん、メンヘラとは……?」
「精神的に参っちゃってる感じ、かな。思い詰めちゃっていつもと違うことしてたら、メンヘラになってんなあ、みたいな?」
 それもそのものズバリ、先日のベニマルである。今度は安堵というよりグサリと刺さってきた。恥ずかしくて死にたい。
「タイミング悪かったんだろうな。女の子らに囲まれて慣れないことにあたふたしてたのに、俺が放置しちゃったからいけなかったんだなあ。ごめんな、ベニマル」
「リムル様が謝ることなんてない! 全部俺の未熟さが招いたことだ」
「こらこら、俺を頼れって。大体、俺とお前の関係について、なんでお前一人で悩む? 俺だって考えてること色々あるよ。話し合わなきゃダメだろ」
「いや、迷惑を掛けたくなかったんだが……」
「一人で抱え込んで、自爆される方が迷惑だ。そうなる前に、俺を巻き込めよ。お前だけが苦しむことないんだ。全部が全部お前の望むようにするわけには行かないけど、それでも何とか解決策考えるからさ」
 ここまでの事をリムルに言わせてしまう自分が情けなくて、ベニマルは腹を切りたくて仕方がなかったが、リムルの言葉に頷いた。
「よし、とりあえず伴侶にするかどうかは、国の問題にもなるだろうから、俺の一存じゃ何も言えない。こればっかりはどうにもならない。んで、その、夜の件だが、ベニマルがだめになったからって、そうホイホイ相手を変えるわけないだろ、セフレ募集してねえし。てなわけで、お前の妄想は無駄に終わる。いいね? そんな事はないから。お前が結婚してすぐに他の相手見つけるなんて俺には無理だから。節操なしだと思われてるの超不本意だぞ」
 そんな事を言われてもベニマルの方こそ困る。ベニマルとリムルは単なる惚れた腫れたで関係を始めた訳ではないのだから、同じようなきっかけで誰かがリムルに見出されるかもしれないなんて思うのは当然だろう。
「しかし、衆道は主人に忠誠を捧げている証で、リムル様がその気になれば誰だって喜んで捧げるだろ」
 ベニマルの言葉にリムルは腕を組んで目を瞑る。
「うーん、実はその辺よく分かんないから、他の奴とやる気しない。ベニマルだから、いいかなって思っただけだし」
 今までもリムルの言葉に喜びを覚えることは沢山あるが、今はそれらを超える勢いで高揚してしまった。ベニマルだから、なんて言われたらどれほど抱きしめても足りないくらいだ。
「じゃあ、他の奴を閨には呼ばないと?」
「呼ばねーって。例えヴェルドラが俺のエロ本読んで興味持って誘ってきてもお断りするから安心しろ」
 段々何もかもに泣きたくなってきて、そうか、これがメンヘラか、と笑いながら、ベニマルは目頭を抑えた。あまりにも深く落ち込んでいた反動で、有頂天になっている。お陰で感情のコントロールが全く効かない。泣きたいのか笑い出したいのか、ごちゃごちゃになってしまう。洟をすすれば、リムルが笑ってベニマルの頬に触れてきた。この細い指がベニマルの心を弄ぶのだが、今やそれこそが心地よいような気がしてくる。
「泣くほど俺が好きか?」
「好きです」
 これ程までに自分の未熟さに振り回されても、それでもリムルが好きだという気持ちに偽りはない。それに、今や失敗してもリムルが受け止めてくれるのだと分かったから、この醜さも愚かさも胸を張って、好きという気持ちなのだと言える。これ以上、好きになれないと思うのに、どんどん好きになっていく。どうすればいいのだろうと悩むこともこれから沢山あるだろうが、リムルに相談すればいい。その内、この未熟さも消えて、リムルの隣にいても恥ずかしくない立派な男になれるだろう。
 そんなベニマルにリムルも満足そうで、よしよしと両手で顔を掴まれた。ランガにするような犬扱いであったが、何だか笑えてきたのでリムルの動きに身を任せる。
 リムルはベニマルの頭を一撫ですると、爆弾発言を落とした。
「じゃあ、頑張ってモミジ達を説得してこい」
「えっ、そこは一緒に悩んでくれないんですか?」
 一番の難関こそ、リムルの助力が必要なのにと説得しようとしたが、リムルは無理だという。
「ハクロウになんて言うつもりだよ、怖すぎだろ。君の娘さんが惚れてる男は俺に惚れてる上に既に手を付けてますなんて、俺から言えると思うか? 怖すぎだろ!」
「いや、俺も怖いって! ハクロウが娘を託したい気持ちも分かるから、余計に言い辛い」
「やっぱりな? 付き合いの長いお前ですらそれだぞ、俺どうするんだよ」
「俺がこの手の話題が苦手だってリムル様だって知ってるだろ!」
「そこは俺への愛で乗り切れよ。応援してるし! ハクロウに殺されかけても俺特製のフルポーションあるから安心していいからな!」
 なんてことだ、先程の頼っていい宣言から五分も経っていないはずだがと頭を整理するが、リムルの発言は気ままな性格が反映されてしまうので、時々驚くようなことが起きるのだ。
「なら、全部の求婚断ったら、俺から求婚していいですよね?」
 もうこうなったら売り言葉に買い言葉、他の幹部の了承がない限り、プロポーズを受け入れてもらえないとはいえ、あんな情けない懇願ではなく、ちゃんと求婚したいと口にしてしまった。仕事ならともかく、こういう事についての思慮深さは一生身につかないんじゃないかと思われる。
 だが、リムルはベニマルの言葉に「うう、」と反応して、すぐに返事をしない。この様子だと嫌がっているのではなくて、単に恥ずかしがっているのだろう。
「あのさ、俺がいるから断るんだろ。全部終わったら、とどのつまり、まあ、そういう事だよ、うん」
 リムルはちょっと目を泳がせてから、はにかむと、ベニマルの唇に触れるだけのキスをした。
「お前と同じだけの熱量じゃないけどさ、それでもいいなら好きにしろ」
 その微笑みがあまりにも可愛らしくて、リムルには絶対勝てないとベニマルは顔を真っ赤にしながら、深いキスを返した。

 その後、ベニマルはシュナ達を筆頭にかなりの数の魔物から襲撃を受けることになったが、何とか生き残り、リムルの伴侶として認められることになった。