不一致ゆえの一致

「あっ! いい、ぐっど、ぼぉい、いっ…! あ、すくなっ……!」
 その言葉を聞いた途端に広がる多幸感を、宿儺は他で感じたことは一度もない。本能を満たされる感覚。三十年間求めても得られなかった喜び。性的な達成感よりもずっと気持ちよくて夢中になる中毒性。そして何よりこの男の言葉に従って褒められたいという服従の気持ちは、この男からしか与えられない。
 ぐっと腰を深く沈めれば、宿儺の下であられもない姿でよがっていた相手は更に甲高い悲鳴を上げた。
「そこっ…! あ、や、ぁ、あ、あっあああ!」
 動きを早めればそれに合わせて声も揺れる。その合間にも名前を何度も呼ばれて、それだけでも宿儺の胸の内は満たされる。本能の快楽と性的快楽を同時に満たされるこの感覚は堪らない。キスをしたいが、褒める言葉を聞けなくなるのは嫌だったから、顔を近くに寄せるだけに留めていたら、「きす」と息も絶え絶えにコマンドを出された。だから、貪り食うように口を重ねて、舌を絡めて呼吸を忘れたようにキスをする。そのうち、腰の動かしやすさとキスを深めるために、相手の腰を浮かして背を丸めさせると当たるところが変わったのが良かったのか、「ん〜〜〜!!!」と悲鳴のような嬌声を出せないまま、達してしまった。射精を伴わずに後ろだけでイくようになったのはいつからだったろう。今は発散できなかった快楽がまだ全身を支配しているらしく、びくびくと体を震わせている。だが、宿儺はまだ一回しか出していない。熱り立つペニスを動かせば、重ねた唇を外された。
「いい、こ、だからぁ…ッ! も、だせ、かむ……っ!」
 途端に自分のコントロールを奪われて、射精感が高まる。奥に撒き散らしてやりたくて、更に深く押し込むと、「ひぃ…! ぁ゛っ!」と背を反らしている。気持ちよくて死にそうだと思っていることを知っているからその苦しげな様が愛おしい。そしてコマンド通り腹の中にビュルルッと射精する。その感覚にのたうち回りながらも、「すくな…いい…」と褒めてくれる。
 Domとはこういうものなのだろうか。自分の理性が飛びそうになっても相手のSubを褒めるものなのか。それとも、この男――伏黒恵という男の性格ゆえなのか。
 どちらにしろ、伏黒恵の腹の中に出してやったという支配欲と、伏黒恵のコマンドを達成できた被支配欲という一見相反する欲望が同時に満たされ、宿儺は心地よい感覚にくらくらしながら、恵に頭を撫でてもらっていた。
 二十歳になったばかりの相手にこうも振り回されることになろうとは思ってもみなかった。

 宿儺のダイナミクスはSubであるが、生まれてこの方誰もその事実に納得したことがなかった。宿儺は小さな頃から高圧的で誰の言うことも聞かなかったし、寧ろ従わせようとするので、皆がDomと信じてやまなかったし、宿儺自身、Subであることを認めたことは一度もなかった。また、Domが目の前に現れて宿儺をコマンドで動かそうとしたこともあったが、宿儺はそれを跳ね除けてしまった。ランクが合わないだけでなく、宿儺を虐げたり従わせたいだけのコマンドに付き合うつもりがなかったからだ。
 実際のダイナミクスと自己意識するダイナミクスの不一致は宿儺を苛立たせた。自分が何故Subなのかという不満、Subとしての本能が満たされない飢餓感、宿儺を従わせたくて堪らない不愉快な連中。全てが腹立たしく、宿儺はいつもDomでもSubでもない相手を使って性欲を吐き出していたが、満たされたことは一度もなかった。
 そうして無意味な三十年を過ごした頃、年の離れた弟が、一人の友人を紹介した。
 伏黒恵という悠仁の昔からの友人らしいが、この男もまた実際のダイナミクスと自分の考えが合わずに苦しんでいるという。
「ダイナミクス的優位を得ながら、更に性交渉でも優位に立つのがあまり好ましくない」と言ったのが宿儺には理解できなかったが、要するにDomのくせにSubを抱きたくないという。別に、DomとSubの関係に性的なものを含める必要はないが、人間関係が深くなるに連れて、自分にとって唯一無二の特別な相手だという認識はいつしか性的欲求を伴う可能性があると考えているらしい。
「今までの事例、判例、体験談を見聞きした上での自分なりの考えだ。一度、試してみたがうまくいかなかったのもある」
「うまく、とは?」
「……最終的に肉体関係を求められた。日常的なコマンドだけで済むなら、それでよかったんだが」
 伏黒恵にとってそれは苦い思い出らしい。変わった男だったが、宿儺の事情を知る弟が紹介し、そして伏黒恵も自分のダイナミクスへの不満を話したということは、すなわちそういうことだ。
「俺は肉体関係を望むぞ? お前が俺の腕の中で泣き叫ぶのを見てみたいと考えているが」
「そういう男だという説明は受けている。それでも会ってみたいと虎杖に無理を言ったのは俺だ」
 二十歳になったばかりの瑞瑞しく美しい青年は、宿儺のパートナーを自ら望んだのだ。支配することを目的とするのではなく、お互いのダイナミクスとそれに付随する不満を満たすために。

 それからは幾度か軽いコマンドで互いの距離感を探った。宿儺はDomを相手にすることが初めてだったのと、恵は宿儺という人間を確かめたがっていたのもある。
 宿儺の仕事が休みの日に、一人暮らしの宿儺の家で、二人は徐々に互いの存在を受け入れるようになった。恵は高圧的なDomが嫌いらしく、そうならないように振る舞っていたし、宿儺のSub性を感じさせない横柄な態度は却って恵を安心させていたようだ。
 恵は軽いコマンドで何度も宿儺を褒めた。犬のようで嫌だと思っていたのが嘘のように、宿儺は次第に恵のコマンドを期待するようになっていった。
 三ヶ月経った頃には、スキンシップまでする有様で、宿儺は自分の変わりようが信じられなかった。今までどんな相手でも一回使えば終わりで、こんなに長期間の関係を持ったことはないし、そもそも今の時点では恵と肉体関係はない。
 だが、この三ヶ月間、性的な欲求不満は鳴りを潜めて、恵以外の誰かで飢餓感を誤魔化そうという気持ちにならなかった。いや、そもそも恵によってダイナミクス的不満はなくなっている。満たされているならばわざわざ他を求めない。こんなに穏やかに暮らしたことはない。
 ある日、互いに決定的な言葉を口にしていなかったものの、目を見つめ合った途端に何かが通じ合って、キスをし始めた。いや、三ヶ月間、ずっとこの瞬間を狙っていたのだろう。リビングのソファーでゆっくりと互いの感情を舌を絡ませることで確かめたら、恵は「寝室でやりたい」と言った。
 ベッドに移った後は、コマンドを使いながら二人は体を重ねた。コマンドなんて寄越されなくても、宿儺は恵を優しく抱いただろうし、恵もそれは分かっていたはずだ。だが、最上級の幸せというのはダイナミクスをも満たすことだということも分かっていた。だから、裸になった恵はすでに準備していたらしい後孔を晒して、「Finger」と命令した。
 まだ不慣れらしいアヌスの縁を指でなぞりながら、もう片方の手で恵の白い頬を撫でる。緊張している様子だったから、恵のペースに合わせて、ゆっくりじわじわと指を入れていくと、気持ちよさそうな声が漏れた。他人の感じ入る声をこんなに聞きたいと思うのは初めてだった。
 ローションで既に濡れているアヌスをくちゅくちゅと指を曲げたり出し入れしながら拡げていく。初物相手は初めてではないが、こんなに丁寧にほぐした記憶がない。嫌がられたくない、拒否されたくない、褒められたいという欲求が膨れ上がる。
 二本目をずぶずぶと入れれば、恵は耐えるような表情に変わったが、痛みを感じていないのは声で分かった。
「あ、そこ…!」
「ここか?」
 恵が反応したところに触れると「ぐっろ、ぼ…い」となんとか言葉にしようとして呂律の回っていない言葉で褒められた。だから、執拗にそこばかり二本の指で刺激してやったら、恵が射精した。くて、と広げていた足が閉じそうになったのを止めて、改めて膝を開かせて秘部の粗相を見つめる。射精して精液に塗れた腹、萎えた性器、宿儺の太い指を二本飲み込んでいるアヌス。どれも大変卑猥だ。白い肌が興奮で赤く染まっているのも堪らない。
「すく、……さっく」
 舌足らずなコマンドに従い、腹に撒き散らした精液を舐め取り、恵のペニスを舐めてやる。
「んぁ…ふっ…」
 わざと唾液を多分に含んだ口内に恵のペニスを迎え入れてしゃぶってやれば、またムクムクと性器が元気を取り戻した。
「ぁん…いいこ…だ…きもちい…」
「それは何より」
 先程から宿儺は多幸感で胸がいっぱいだった。出会った時はそうと感じていなかったが、この青年こそ自分のパートナーだし、この青年以外誰も務まらない。Subに自らの欲求をコマンドで示しながら抱かれようとする男なんてそうそういない。その上、こんなに敏感で感じてしまうんだから、宿儺だって昂ぶってしまう。
 三本目まで受け入れたアヌスはただの性器になっていた。この慣らしだけで恵は二回達している。顔はだらしなく蕩け、足はガクガクと開きっぱなしだ。
「Insert」
 それでも恵の意識ははっきりしているようで、コマンドを口にした。宿儺は先程からずっと痛いほど勃起していたペニスを軽く扱いてから、先端を恵のアヌスにピタリとくっつける。恵の息を呑む音が聞こえた。
 三ヶ月前に初めて顔を合わせた時からずっとこの瞬間を二人共期待していたはずだ。どれほどダイナミクスに不満や不条理を感じ冷笑していたとしても、他人との関係に興味がないふりをしていたとしても、唯一無二の相手を見つけられる幸福を求めていなかったとは言えない。
 呼吸を求めるのと同じようにダイナミクスは支配と被支配を求め、その関係の中で築かれる信頼を無理やり与えようとしてくる。絶対に誰かと関わらせようとする厄介さが疎ましかったのに、今や宿儺はこのダイナミクスがあるからこそ、伏黒恵という男に出会えた事実を受け入れるしかなかった。同時に、伏黒恵も同じようなことを感じているだろう。二人は正反対な結論に至ることもあるが、根本的に似たような考え方をしている。
 恵は期待の目で宿儺を見ていた。感情的になって溢れた涙がきらきらとその緑の瞳を輝かせている。だらしないのに美しいから、困った男だ。
 ゆっくりと、恵の呼吸に合わせながらその白い体の内側のぬらぬらとした赤い襞に、使い込まれてくすんだ色の自分の性器を絡ませていく。
 十も年下の男の体にこれほど興奮するとは思ってもみなかった。いや、年は関係ない。初物であることが大事なのかもしれない。この男が従わせたいと思い、同時に抱かれたいと思ったのは宿儺ただ一人であるということに意味がある。コマンドという形で自らの欲求をぶつけること、そして同時に従わせることでぶつけられる欲望を受け入れることを決めたのは恵だ。
 今も、宿儺のペニスの太さと長さに驚きながら、受け入れようと必死になっている恵の様子を見ていると堪らない気持ちになる。これが自分の男だ。
「うっ…! あ、んん、アンッ、タ、何センチあんだ……! ぅぐっ!」
「知るか…測ったことがない、っ!」
「まだ…全部じゃねえのか……?」
 初めてのくせに全部入れるつもりだったのか。コマンドもないまま、口に噛み付いて恵の余裕も思考も奪おうとする。表面上の態度に反し、とても恵は献身的だ。今日がそうなるとは限らなかったはずなのに、準備をしてから宿儺の家を尋ねているし、日々の中でも宿儺を自分の庇護に置こうとする。社会も知らない年下の子供が何をと思う気持ちと同時に、気持ちが緩むのも事実だった。今は嬉しくてたまらなくなり、同時にそんなダイナミクスの本能を忘れさせたくて仕方がなかった。
 キスの合間にゆっくりと更に恵の体の奥深くへと沈んでいく。感じすぎて涙目になりながら、キスと挿入に振り回されている恵は可愛い。もっと酷い顔を見せてほしいから、宿儺は一方的な侵入から、体を揺らす動きに変えた。初めはゆっくりと、浅い動きで、一定のリズムでとんとんと体全体を動かしてみると、恵はそれによってまた感じ方が変わったのか、「ん、うむ、んっ!」と口が塞がれてるのに声を漏らしていた。段々と中の具合も変わり、更に少しずつ奥に進める。締め付けがやばくて、宿儺の方こそ持っていかれそうになる。
 次第に大きな動きになったら、宿儺は恵の声を聞きたくてキスをやめた。
「ぷはっ、あ、っあ、あっ! こら、すくな! あっ!あ、あ!」
 揺れる動きとともに恵の声が漏れる。感じ方がどんどん鋭くなっていくのが声だけで分かる。
「Face」
 コマンドの内容に驚きながら、宿儺は恵に顔を見せる。すぐに褒められた。頬を両手で包んで額と鼻先がくっつく距離まで宿儺の顔を近寄らせた恵は「みてろ、それから…みせろ」と宿儺の鼻先にキスをした。
「Cum」
 自分の性器が自分のコントロール下にないことは人生で初めての体験だったが、強烈だった。命令されて射精する屈辱感と奇妙な被支配欲と性的快楽とSubとしてコマンドを達成できた喜びがない混ぜになって、今までにない感覚に陥らせた。信じられないほど幸せな感覚だった。
「すくな……Look」
 コマンドを与えられたことで我に返った。蕩けた顔の恵が宿儺を見ている。
「あんた……今、サブスペースはいってたろ……」
 嬉しい、ぐっどぼーい、と恵は腕を伸ばして宿儺を求めた。その腕の中に入ってやれば、力なく頭を撫でられた。
「すくな……これからよろしくな」
 初めての行為で疲れ切ったのか、恵はそのまま寝てしまった。宿儺は余韻の残る中、全ての後始末をしたが、翌朝になってもまだふわふわと浮ついている感覚が残っていた。

 以来、宿儺と恵は互いが認めるパートナーとなった。二人共欲求不満がなくなり、恵は人嫌い(特にDom嫌い)の宿儺からの信頼を得たことがかなり満足らしく、同時に褒められ慣れていない宿儺を褒めるのが楽しくなっている様子だ。
 宿儺もまた、自分のSub性と自己意識の乖離からの苛立ちからはかなり解放されたし、人生で初めての恋人を得て、まあ悪くないと思えるようになった。恵の大胆なコマンドに従ってやることで、恵を追い詰めていく面白さは他の何にも換えられない。
 恵が大学を卒業したら同棲を始めるつもりだ。既にピアスというcollarも貰っているし、宿儺も恵にアンクレットを贈っている。
「この先もよろしくな」
 その言葉とともに贈られたピアスを耳につけて、今日も宿儺は恵に従いながら彼を抱くのだ。

書けなかった設定
・セーフワード:悠仁
 理由:弟が生まれてから滅多に名前を呼んだことがなく、うっかり口にすることがないことと、悠仁の名前が出たら恵も気不味くなるため。

7
19
1