話さない人、聞きたい人

 スティーブンさんは自分の話をしない。必要な言葉以外を発さないんじゃないかと思う。ザップさんは深く考えていないので私生活がモロバレだが、スティーブンさんは私生活や交友関係が見えてくるような発言をあまりしない。慎重な性格なのだと僕は思っていた。
 僕自身は話さざるを得ない状況になることが多いので、僕はスティーブンさんの事をよく知らないが、スティーブンさんは僕の事をよく知っている。それについて僕は何も言わない。義眼の安全の為に僕の行動を知りたがるスティーブンさんの考えは理解できるし、スティーブンさんが自分の話をしないのはそんな暇がないからだと分かっていた。
 二人きりの時間でさえ、スティーブンさんは僕の話を聞きたがる。聞き手として優秀な彼にのせられて、僕はなんでも話す――今日起きた出来事、耳にした小さなニュース、物理的に吹っ飛んだ店の跡地に建った新しい店舗など。僕としてはスティーブンさんの話を聞いてみたい。そう思っていても彼が話したがらないのであれば無理に促すのはやめようと考えていた。
 それでも、つい最近見てしまった事や、彼の様子を考えると、言葉で互いを知ることも必要なんだろうと感じた。セックスだけではわからないことはたくさんある。彼が僕に抱かれたがる限り僕らの関係は続くと分かっていても、何か誤解があれば歪んでしまう。それは本意じゃない。彼がどう生きていようとも、僕は彼を裏切りたくないし、そんな不安は抱かせたくない。

 二人揃って休日を取れた日、スティーブンさんは前日の夜から僕を誘ってセックスをした。スティーブンさんの積極的な誘いは僕の理性を簡単にふっ飛ばしてしまう。少々強引なキスから始まり、僕のを舐めて挑発し、そうして誘い込まれる。僕はスティーブンさんを見る。顔が赤くなり、目が溶け、口を開き、声が漏れ、首筋には汗が流れる。足を大きく開き、腕を僕に絡める。言葉がなくても彼は雄弁だ。それに、どれだけ苦しい体勢になっても、スティーブンさんは僕とキスをするために体を起こしてくれる。全身でスティーブンさんを感じると僕は殊更この人を大事にしようと思う。こんなふうに僕に対する感情を示してくれることがとても嬉しい。
 翌日、僕らは外出する予定がないので、だらだらと互いの体を触っていた。のんびりと時間を浪費するという贅沢を知っているからだ。他愛もない僕の話を聞きながら、スティーブンさんはキスをする。僕も彼の腰を撫でる。
「僕、スティーブンさんのお尻好きなんですよね」
「唐突になんだ」
「なんとなく言いたくなって。張りがあって、筋肉で固められてる感じがかっこいいっていうか」
「突っ込みたくなる?」
「締め付けられたときの事考えちゃいますね」
 スティーブンさんはそれを聞いて僕に尻を向けて馬乗りした。腰を揺らして、見せつける。僕はその尻を軽く触れて、叩く。ぱしんと音が鳴ったことにちょっと面白さを感じつつ、腰を下ろさせて、スティーブンさんを寝転ばせた。
「セックスばっかりやるんじゃなくてちょっと話しましょうよ」
「君が誘ったくせに」
「いや、まあ、そんなつもりは……ないわけじゃないけど、それよりもちゃんと言うべきことってたくさんあるかなって思って言っただけで」
「僕のケツについて言うべきだと思ったわけ」
「僕がスティーブンさんに対して思ってる事、ちゃんと言えば、スティーブンさんも時々は話してくれるかなって思ったんです」
 スティーブンさんは少し考えている。僕の後頭部を撫で、そうか、と呟いた。僕はスティーブンさんに軽くキスをした。唇だけが絡むキスのあと、スティーブンさんは口を開いた。
「昔からの癖でね……僕は自分の話をするのが下手で、だいたい白けさせるから、相手の話を聞くようにしてるんだ。そういうコミュニケーションの取り方をずっとしてきた」
「そうなんですか?」
 とてもじゃないが彼が話し下手には見えない。ただまあ、この街やライブラの人たちの感覚がぶっ飛んでて時々会話がずれているのは知っているが、それはスティーブンさんの責任ではない。
「K・Kなんかはいつもつまらなさそうに僕の話を聞くぜ」
 君とこうなる前に僕の人生観というか、こう生きたいという話をしたら物凄く怒られたしね、とスティーブンさんは笑う。
「他の人も?」
「そうだな、女の話を振られて僕はノれなかったし、盛り上げ役にうってつけの馬鹿になれたことはないな」
「まあ、そうですよね」
「自分についての話を聞いてほしくないわけじゃないが、そんな話をしてどんな反応を返されるかわからないから無難な話をすることが多い――仕事や世間の事とかね。今も実はびびってるんだ」
「僕しか聞いてないのに」
「君だからこそだよ」
 スティーブンさんは唇を重ねると、ゆっくりとした動きで僕の舌と絡めた。とても丁寧なキスで、僕はこの人がどんな気持ちでセックスを覚えたのか、気になった。セックスだって、コミュニケーションのひとつだ。初めてキスをした相手には色んな話をしたのだろうか。それとも、何も話さず、スティーブンさんはただただ話を聞くだけだったのだろうか。
「僕はあなたのことを知りたい。教えて欲しい。あなたの言葉で聞きたいこともたくさんあるんです」
「イッてる間に君が僕の中に押し込んでくるのがぶっ飛びそうなくらい気持ち良すぎて好きとか、そういうことを聞きたいのか?」
「今度から頑張ります、いや、それだけじゃなくて、些細なことでもいいから、あなたが話してるところを見たいんです」
 スティーブンさんの額にキスをする。スティーブンさんは僕の背中に腕を回した。
「僕が素直になれるのは、君とベッドの中でこうしているときだけだと思っててくれ。服を着て靴を履く僕は真実も嘘も一緒くたにしているからな」
 僕とスティーブンさんは、同じ家に暮らし、同じ職場で働き、同じ時間を共有している。けれど、僕とスティーブンさんは根本的に違う。スティーブンさんと僕の生き方は重ならない。けれども、それを理由にして、僕と彼の間に不要な壁や溝は作りたくない。僕はただ、僕を求めるこの人に、ちゃんと応えたい。
「僕、あなたがいろんな話をしてくれるのを楽しみにしてます。ずっと一緒にいれば、聞けるはずですよね」
 スティーブンさんは一瞬呆けた顔をしたが、次第に頬を緩ませた。僕はそんな彼にキスをしたくて堪らなくなって、思わず襲いかかってしまった。

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