短編
だから、最近消極的な彼の家に押しかけた。必要最低限の事以外やり取りしてくれないのだから、こちらから仕掛けなければ何も動かない。
椅子の足りないこの家ではベッドに腰掛けて話すことが多い。僕としてはそのままセックスに流れ込めるので不便はしていないが、向き合って座ろうとするには不向きだった。仕方なく、僕はベッドで寝転びながらゲームをしていた彼を見下ろすように傍に立った。
「なあ、レオ、お前、なんだってそんなに離れるんだ?」
僕のマスタールームの半分くらいしかない狭い家の中なのに他人行儀な距離を取る彼は、ぎくりとした。
「いや、だって、まあ、スティーブンさんだって分かってるんですけどね、いやね……こう、なんていうか……ほら」
「はっきりしないな。もっとちゃんと言え」
「ちょ、待って、ホント」
シングルベッドの上でちょこまか逃げようとしても無駄だというのに、彼は必死になって僕に近寄ろうとしない。腹が立って胸倉を掴んでぶん回してやろうかと思った。今の僕にだってそれくらいのことはできる。
「えっと、ほら、義眼でもスティーブンさんが女の人になってるって映ってるんですよね」
「それは知ってる」
女になった当初に義眼で調べてもらったのだから、集団幻覚に掛かっているわけではないことは既に証明されている。構造そのものが変化しているのだ。
「大まかな特徴は似ているんすけど、やっぱ僕の知ってるスティーブンさんとあれこれ違うんで、こう、スティーブンさんのコスプレした女の人に迫られてるみたいで、ビビるし、浮気してるみたいだから、えっと、あの、早く男に戻って欲しい……」
レオはそのまま撃沈して、ベッドに顔を埋めた。まさかそんな回答が返ってくるとは。
「純情だな」
「アンタのことは性別関係なく好きですけど、いきなり性別変えられるとビビっちゃうんですよ! 知らない人みたいで!」
「僕の意志でこうなったわけじゃないぞ」
「分かってるってば!」
一週間後、どうにかして男に戻った僕に、レオは熱烈なキスをしてくれた。 [chapter:JUMPING] テレビからオリンピックのニュースが流れている。僕は自国に対する愛情もスポーツへの関心も欠如してるのでそれらの内容にもあまり興味はないのだが、レオはテレビに齧りついて試合の中継に夢中だ。いつの間にか録画までしているんだから、こんなにスポーツ観戦の好きなやつだったっけと驚いてしまったのはつい昨日の話だ。
彼は丁度、高飛びの試合をじっくり見ている。僕は暇を持て余していたが、熱中しているところに水を差すとかなり不機嫌になるので、黙ってレオに腕を回して一緒に見ることにした。
「高跳びなんて見てて面白いのか?」
人体の限界を超えるようなアスリート達の動きは、確かに凄いっちゃあ凄い。しかし、僕らは日常であの程度のことを求められているので、いまいち感動できやしない。圧倒的破壊力や天才的超技巧がいつも見られると感覚が狂う。
「高跳びの選手ってね、すんげえ体のバランスがきれいなんですよ。筋肉ないと跳べないんだけど、ありすぎてもだめなんです。無駄がないってああいうことなんだなって。それで見るの好きなんですよねー」
「ふぅん」
ジャンプの高さを見てるのではなくて選手の肉体を見てるのか。予想外だった。
「スティーブンさんもあれくらい普通に跳べそうですよね」
「んー、試したことはないから分からんが」
「コマ送りで色んな角度から見てみたいっすわ。絶対きれい」
レオは僕の頬にキスをして、またテレビに視線を戻した。僕は高跳びの世界記録に挑戦してみようかというバカな考えを捨てるのにちょっとだけ時間を掛けてしまった。 [chapter:知らなかった事を知る] レオと付き合ってから分かったのは、セックスにおけるトップの感情はすぐにバレるということだった。相手がこちらを丁寧に扱うことと、大切に接する事は似ているようで全然違う。今まで抱いてきた女に対して情を抱かなかった僕のセックスはかなり乾いていて面白みのない肉体的刺激だけのものだったろう、と再認識させられた。
僕以外と付き合ったことのないレオは、不慣れでぎこちなく恥ずかしがり屋だったが、それ故なのか、彼の生来の性格故なのか、とても丁寧で尚且つ情に溢れた触り方をする。彼の手が僕を求める度に、なるほど、情のある関係とはこれほどまでに安心を齎すのだと知った。レオは僕が女を抱いたことがあるからといって何でも知ってるんだろうと勘違いしているが、僕が知ってるのは精々肉体的快楽を拾う場所とその方法程度だ。かつて僕はレオに抱いたような情を誰にも抱いていなかった。だから、レオと付き合い、セックスを重ねる度に僕は今まで知らなかった事を知る。レオは自覚なしに僕にいろいろなことを教えている。
僕はレオから教えられる度に、また一つ、幸せになってしまうのだ。
