「寝顔」その後 03
「伏黒恵っての、そんなに面白いわけ?」
真人の唐突な問いに宿儺は全く反応しなかった。和風創作料理店「伏」のオーナー兼料理長である宿儺は料理に集中している。カウンター席なので会話できる筈なのだが、先程から声をかけても無視される。そもそも宿儺は漏瑚と花御を客として扱うくせに真人には包丁を投げるのである。全くなんて酷い店主だとにやにや宿儺を見つめていると熱湯をぶっ掛けられそうになった。
「流石に火傷しちゃうよ」
「お前のような客は入れた覚えがないが」
宿儺の冷ややかな声を聞くと笑いたくなる。理由はない。ただただ面白いのだ。
「同期で来てあげてるのに酷いなあ」
「裏梅、本当か」
「我々5人が大学で同じ学年だったのは事実ですが、親しい仲ではありませんでした」
「裏梅まで? ゼミいっしょだったのに」
「知らん」
宿儺が唯一随行を許す裏梅は宿儺の店の従業員として働いているらしい。真人はてっきり、裏梅と宿儺が伴侶になるのだと思っていた。実際には伏黒恵というつまらなそうな男と結婚した。あんなに尖っていた宿儺が普通の男になるなんてしょうもないことが起きるとは想像もしなかった。
「ていうかあ、俺の事は五分もしない内に叩き出したよね」
「さあな」
大学一年の時、宿儺に連行されて同衾したのに、顔をボコボコに殴られ、尻を蹴られて二階の窓から落とされたのはいい思い出だ。恐らく、黙っていても煩いと言われる真人の存在感が嫌だったのだろう。その時から真人は宿儺のことを気に入っている。
因みに弟の方とは一度宿儺に関係ない所で敵対し、今では犬猿の仲である。悠仁に対する暴力や嫌がらせ、ストーカー行為について宿儺は無視している。弟のことは大切でもなんでもないらしい。伏黒恵にも同じようなことをしたらキレるかな、とわくわくしていたら、目に向かって箸が突き刺さりかけた。犯人は勿論宿儺だ。
「不快だ。裏梅、これを摘み出せ」
裏梅にがっちり拘束されて真人は店の外に放り出された。出禁になったらしい。宿儺の料理は絶品と聞いていたのでかなり残念だが、今度こそ店に入ろうとしたら殺されそうだ。
少しして店から出てきた漏瑚と花御は宿儺の料理を堪能したらしく、ついでに二三言会話できたという。
二人も伏黒恵とやらに興味があった。学生時代、名を知らぬバカなどいないくらい有名だった宿儺が大学卒業とともに三つ年下の男と結婚したのは、かなり衝撃だったのだ。
「伏黒恵とやらのお陰で不眠が治ったらしくてな」
「それだけで結婚まで行くの? あの宿儺が」
「安心を与えてくれる存在とは有り難いものです。宿儺はあれだけ不眠に苦しめられていたのですから、相手の男に依存してもおかしくないでしょう」
宿儺の人間的側面なんて見たくなかった。今すぐにでも伏黒恵をどうにかしてこようかな、なんて考える。都合のいい事に伏黒恵は悠仁の友達でもある。一匹の兎を仕留めるだけで素敵な結果が求められるのはいいことだ。
「伏黒恵に何かあれば間違いなく殺されますよ、真人」
「新婚でいきなり豚箱入りしたいなんて宿儺も変わってるね」
「お前が何もしなければいいのだ! 大人しくしておけ!」
