寝顔
すやすやと眠る男の顔を見つめる。精悍な顔立ち、彫りの深い顔、真っ直ぐな鼻筋、少し窶れた目元、薄い唇、しっかりした顎。毎度見ていて飽きない。目の前の男の顔は、至近距離にあっても拒否感を抱かない。それはもう何度もこうして添い寝をしてやってるからかもしれないが。
友人の三つ上の兄の添い寝をするようになったのは半年前からだ。物心ついた頃からろくに熟睡できず、睡眠障害と診断された宿儺はありとあらゆる手を使って快適な睡眠を得ようとしていた。なので彼の部屋は安眠グッズだらけなのだが、どれも大した効果がなく、誰かに添い寝してもらえると多少マシだったので、女も男もとっかえひっかえで寝床に連れ込んでいたらしい。ただし、連れ込むだけで只管睡眠を貪る彼に、誰もが困惑し、或いは怒ってしまうとか。
気持ちは分からなくもない。魅惑的な男に無理矢理ベッドに連れ込まれたと思ったらその男はただ眠っているだけ。その眠りも浅いから、ずっと不機嫌で、話し掛けにくい。男は怯え、女は怒り、皆宿儺から離れていくが、本人曰くコンドームのようなものだと気にも留めていない(しかも表現が酷い)。使い終わったら捨てるだけ。満足に眠らせてくれなかった添い寝相手は忘れるというのが宿儺だった。
そんな中、偶々宿儺の近くに恵がいた時、記憶にある限り初めての熟睡を遂に手に入れたらしい。宿儺は恵に付き纏い、一時間一万円の報酬を条件に恵という安眠グッズを手に入れたのだ。
そうして、春から始まった添い寝リフレは今や秋に到達し、少し肌寒くなった事で、睡眠中の宿儺に抱き枕にされたり、顔を寄せられたりするようになった。夏の初めには二人でベッドで眠る事に慣れ、今は恵より一回り大きい宿儺の腕の中にいることにも慣れた。
宿儺とは会話らしい会話をしていない。毎週金曜日の夜、虎杖家を訪れて弟の方と歓談した後、眠りたくて仕方がない宿儺の部屋へ向かい、ベッドに入る。宿儺は今や恵が近くに来たらそれだけで眠くなるのだそうだが、それでも熟睡するには恵が添い寝する必要があった。
そんなふうに恵を求める男は、しかしながら、恵の気持ちにはてんで興味がない。曰く、睡眠障害の関係で勃起不全、性欲皆無、全ての人間のことがどうでもいいらしい。恵のことも道具以上には思ったことがなさそうだった。
なのに恵は隙あらば宿儺の顔を見つめている。胸の内から湧き出る欲求を抑えつけて、真っ暗な部屋の中で眠り続ける宿儺の顔を目で触れる。宿儺の睡眠時の行動は無意識なので仕方がないとはいえ、恵の場合は意識のある行動となってしまう。だから、恵の手で触れることは宜しくない。なら見ている他ない。
宿儺がきっかり六時間眠ると、アラームが鳴り、六万円を渡されて、一日が始まる。今日もあと五分で宿儺が目覚めてしまう。時給を減らして、もっと頻繁に来れるように交渉したら、宿儺はどういう顔をするだろうか。間違いなく嫌がられはしない。喜ぶだろうか。ネットで見かけた、寝溜めはよくないという記事を引き合いに出して、毎日同じ睡眠時間にしようと提案したら? 弟の方は間違いなくひっくり返る。でも毎日虎杖家に通うのも憚られる。金曜夜は毎晩夕食までご馳走になってるのだ、流石に毎日は良くないか。
悩んでいるとアラームが鳴った。また来週まで悩むことになってしまった。
「宿儺、朝だぞ」
起こす時だけ触れることを許される。いつか、どんな時でも触れられるようになればいいのに。
