「えっ、出張?」
いきなりな社長命令にリムルが胡乱な目(スライムなので顔には出てない)をヴェルドラに向けた。いつものように理不尽且つ横暴なワンマン野郎は、むっふーと偉そう且つ満足そうにしている。ムカつきすぎると殴る気も起きないということを初めて知った。
「うむ、課長職に必要な外部研修を受けてきてもらおうと思ってな! 自腹で頼むぞ!」
「キャンセルしちゃだめですかね?」
「リムル課長はジョークが下手であるなァ! 我のセンスを見習うがいいぞ!」
ヴェルドラが楽しそうに寒いギャグを披露している傍ら、リムルはどのようにしてその外部研修をサボろうかと考え始めていた。詳細を記載してあるという紙を手渡され、ざっと見る。よくある管理職養成講座らしく、10時から16時半まであるとのこと。もう既にうんざりであるが、会場はどこなのかを見た瞬間リムルは叫んだ。
「おーさか? ……大阪?!」
「日程調整をした結果、大阪開催しかなくてなあ」
「東京開催の講座とかあるでしょ! どこかに! 絶対!」
「大阪しか席がなかったのだ! つべこべ言わんと行って来い!」
今すぐこの糞ドラゴンを絞めてタタキにしてやろうかと思ったが、今から新幹線の手配やら引き継ぎやらをしなくてはならなくなったので、それはいつかの目標にして今回は見逃すことにした。
「という訳で皆には引継書をメールで送っとくから読んどいてね」
「いきなりですねえ」
「しかも大阪ッスか。羨ましいッス」
受講費及び交通費全て自腹で六時間も拘束されに行くだけなので全然楽しくないのだが、ゴブタはそこまで考えつかないらしい。可愛らしいものだ。シュナやシオンは可哀想にと何故かスライムボディを撫でてくれる。代わりに新幹線の手配してくれると大変助かるのだが、流石にそこまでは甘えられない。
「とりあえず俺が不在の間の代理はベニマルに任せた。お前が皆をまとめてくれ」
「はい!」
ベニマルが緊張して返事するので、初々しくて不安で仕方がない。もっと堂々としていいし、なんなら課長代理に就任してくれるといいのだが、人事決定権はリムルにないのでどうしようもない。何かあった時のためにベニマルと連絡先を交換しておいたので、不測の事態には対応できると思う。多分。
「せめてもの救いは研修が金曜日だったってことだよ」
「研修が終わったら観光とかいいんじゃないですか? 城とかテーマパークとか。あと日本一高いビルあるんでしょ」
「お土産期待してるッス!」
各々好き勝手言っているが、リムルは大阪に知り合いがいる訳でもなく、観光するにしたって一人で回るのは寂しすぎるし、お土産は新大阪駅で買える安くて数が多いやつを選ぶだけなので、大阪研修の何をどう楽しめというのだと散々な気分だった。
そういう訳で、2日後の金曜日、リムルは大阪で長時間拘束され、周りにスライムが課長ってどういうこと? とか、雑務課ってマジかよみたいな顔をされ、そんなの一番リムルが困ってる事なのだから触れないでほしいと心の中で何度も訴えた。
ヘトヘトになりながら、この研修の内容をレポートで提出しなければならないのかどうかを考えて、あの社長ならそんなの求めてないに違いない、指示を受けた記憶はないということで今日の記憶をすっぱり横に置いて大阪のグルメを楽しむ為に繁華街に出かけた。
たこ焼きやらお好み焼きやらを食べ終えるともう東京に帰る気が失せたのでカプセルホテルに泊まることにした。こういうこともあろうかと、帰りの新幹線の券はまだ購入していない。場合によっては自由席を購入して適当な床に転がって東阪をやり過ごせば良い。
さて、カプセルホテルは学生以来だったので、今時のカプセルホテルがかなりキレイになってることに驚いたが、快適なようなのでワクワクしながら割り振られた番号のところに行く。
その間、リムルはスマホの通知が全然来ないことを気にしていた。なんの音沙汰もないのである。いやまあ、業務が落ち着いているということなのかもしれない。たまーに平和な日もあるので、そういう事だろうとリムルは自分に言い聞かせた。いやでも、ベニマルに連絡先を教えたのは今日が初めてなんだから、何かしら来るかもしれないし。でも案外連絡はマメじゃないタイプなのかも。しかし、あれだけ好き好き言ってるんだから、何かしらアクション起こすかもしれないじゃないか。でも、業務の為に教えた連絡先を私的利用する奴か?
ウンウン悩んでいる内に、リムルはふとなぜ己がこんなことに頭を使っているのだろうと自覚した。
何故って、何故。もしや、ベニマルからの連絡を待っている? 何故。連絡先を教えたんだから連絡してほしいとか考えてる? え、なんで? だってあれだけしつこく抱いてきたり好き好き言ってるんだし、連絡来ると警戒するじゃないか。いや、でも、警戒っていうか待ってるよな、オレ。こう、寧ろなんで連絡寄越さないのってイライラしてない?
リムルはこれ以上深く考えるのはやめようと思考を止めた。あかん、あかんよ、これは、あかん。なんか違うじゃん。連絡待ってるってそれはなんかあかんやん。今日一日で周りから伝染った中途半端な大阪弁で自分を否定する。いや、業務の為ですやん、なんかあったんちゃうんかって上司として心配するのはおかしくないだろ、普通のことだって。いやまあ、ゼネコン時代は仕事先から連絡来るなとか思ってたけどさあ! いやこれは! 違うから!
カプセルホテルの一室でリムルは小さなスライムボディを身悶えさせた。ちゃうねん、待ってなんかないねん……。今だけは睡眠不要な万能細胞で構成されたこの体を恨む。寝たら忘れられそうなのに!
その時、スマホが受電してブルブル震えた。パッと反応してしまった自分が嫌で、通知内容を見るかどうかを考えて、急ぎの用事かもしれないじゃんと言い訳した。誰の為の言い訳なのかはどうでもいい。
勇気を出して画面を見たら、相手はミリムだった。あ〜と思ってしまった事にリムルは愕然とした。何もかも違う、期待なんかしてない、違う違う。
とりあえずカプセルホテルでは通話ができないのでメッセージを送る。特に用事らしい内容ではなかったので、適当にやり取りしたあとは切り上げて、リムルはカプセル内をごろごろ転がった。
何も考えたくないのでテレビをつけてザッピングする。どれもこれもイマイチで決め手がない。ドラマは連続で見なければ意味がないし、クイズ番組はゲストが気に入らないのでパス、トーク番組はテーマにそそられないので見送る、アニメは最近何も見てないので分からないからすっ飛ばす。最終的にニュース番組を垂れ流すことにした。寂しいおっさんの夜を更に痛感するようで悲しかった。ほぼほぼ定時と同じくらいの時間に解放されて、折角大坂まで来たっていうのにカプセル内でちゃんと聴くわけでもないニュースを耳に注いでいるだけの夜は寂しすぎる。
ミリムとのやり取りを続ければよかったかなあ、と後悔したがそんな気分ではないし、正直に認めると、別の相手からの連絡が欲しかったのだ。そう、認めよう、誰でもいいわけではなくて、特定の個人から連絡が欲しかったのである。
ていうかなんであいつ連絡寄越さないんだよ、とイライラしてきた。寧ろこちらから連絡してみるか、とも考えたがなんだか負けたような気がして嫌になった。負けってなんだよとセルフツッコミするが、でもなんか負けた気がするんだもんなあと言い訳する。
ていうか、関係解消しなくちゃいけないって考えてたじゃん、なんで関係を強化するような事を期待してるんだろう。実はリムルもベニマルに対して何らかの感情を抱いてしまっているのではないか。
それは、いい事なのだろうか。
いつか必ず終わりを迎える先のない関係を継続させて、期待させることは赦されるのか。
リムルはそういうのは苦手だ。楽しいだけの関係ではないことが苦痛だし、始まり方も何もかもおかしくて歪な関係を継続するのは精神衛生上よろしくない。例えば単純に好きか嫌いかだけで始まっていたらこんなに悩まなかったのに、なんであんな形で始まってしまったのか。
じゃあ、例えば、正しい形で始まっていれば、リムルはベニマルに対して前向きに向き合っていたかというと話は違うだろう。恐らく断っている。
なんて面倒くさい事態に陥っているのか。打破したい、頼むから早くこの状況を終了させてほしい。
今すぐ魔物達が住まうジュラの大森林に戻ってしまいたい。そうなれば、リムルが何の決断をしなくても解決してしまえる。クズの思考だが、今のリムルはそんな気分だった。
またスマホが受電したのか震えていて、ミリムがまた電話してきたのかと思い、うんざりしながらカプセルホテルであることを忘れて、画面も確認せずに「はい?」と出た。
「課長! お疲れ様です、今電話いけますか?」
リムルは反射的に電話を切ろうとして、冷静になり、小声で「今はちょっと。SMSに変えていい?」と答えた。それだけでも無い筈の心臓がバクバクしたような緊張と居心地の悪さを感じた。カプセルホテルでよかったと心の底から思った。口頭だと何を口走るか分かったものではない。
画面を変えて、ベニマルが今退社したが問題なく業務は完了したとの報告が送られてきた。真面目な男だ。晩飯時を過ぎた真っ暗な時間帯に退社するのはテンペストあるあるなので、とりあえず労いの言葉と不在の謝罪をすれば、ベニマルが恐縮した。
《あと、お尋ねしたい事があるんですが、宜しいでしょうか》
《どうした?》
《まだ大阪にいます?》
《いるよ。カプセルホテルに泊まってる》
《今からそっち行っていいですか?》
何を言ってるんだコイツは、とリムルは反射的に人間に擬態して何度も目を凝らして文面を読んだが、ベニマルが大阪に来ようとしているらしいこと以外の意味には取れなかった。
《夜行バス乗る寸前なんですけど、だめですかね》
そこまで行動してたのかとリムルは天を仰いだ。この男の行動力は何なのだろう。ていうか、来る気満々じゃないか。断りづらい状況を作ってから訊ねる辺り、計算されてる気がする。ベニマルってそういう男じゃなかった気がするので、或いは素でやらかしてるのかもしれない。それならそれで、かなりたちの悪い男である。ていうか連絡をギリギリまでよこさなかったのも、何かの作戦のような気がしてきた。押してだめなら引いてみろ的な。いや、そんな策を講じる男ではないはず。
リムルは悶々と悩んだ挙げ句、結局ホテルの位置を教えた。それを答えと受け取り、ベニマルは夜行バスに乗り込んだようだった。来るなら来ればいい。あとはどうにでもなる。その筈だ。いつだって何事もなんとかなるのである。そう信じるしかない。
リムルは先程までの苛立ちがすっかり吹っ飛んだことについて、気付かないふりをすることにした。
翌朝、ホテルを早めに出るとリュックサックを担いだベニマルがいた。スーツは会社のロッカーに掛けてきたらしい。私服でリュックサックを担いでるとまるで大学生だ。
ベニマルは夜行バスでの疲れなんてないような様子でスライム姿のリムルを抱き上げる。めちゃくちゃ楽しそうな顔をしていて、なんでまあそんなに懐いてくれるのか分からなくなって困ってしまう。
「大阪まで来たんだし、遊びに行きませんか」
「お前、もしかしてその為に来たのか?」
「二人で旅行なんて行けそうにないので、便乗させてもらおうかなと。嫌でしたかね」
嫌じゃないけどねと返すと、ベニマルはバス内でリストアップしていた観光地の名前を次々上げていく。とりあえずテーマパークは一日潰れるから、城とか日本一高いビルとかうまい食べ物を食べてから一晩泊まるかを決めようということになった。一晩泊まるなら、日曜日にテーマパークへ行くことにした。
道中、ベニマルは超嬉しそうだったが、なんかやり方が不倫旅行みたいでリムルのテンションは微妙であった。
城とか日本一高いビルとかその他観光名所をざっと巡った土曜の夜はビジネスホテルに泊まっていつものように激しい夜を過ごし、日曜日にはテーマパークで散々遊んで新幹線で帰った。
因みにお土産については、会社用はリムルだけが買ったが、ベニマルは土曜日も道中で美味しそうな甘いものがあれば厳選しながらも買いまくり、日曜日もテーマパークと新大阪駅であれやこれやと買って帰った。それらのお土産はリムルがベニマルの家に行くと暫くの間茶受けとして出されたのであった。
