未熟

 薄暗い小屋の中で、月明かりだけが照らしている。緋村は、仮初の妻が傍に座り、緋村に体を預けるのを感じた。巴の白梅香が緋村を誘っている。どうするべきなのか考えあぐね、しかし、緋村は抱いていた刀を置き、代わりに巴の肩を抱き寄せた。温かく柔らかい女の体は布切れの下に確かにあり、それに触れれば緋村は今までのようには生きていけないと分かっていた。分かるからこそ、巴と顔を向き合わせた。夜目がきくので、巴の表情はよく見える。彼女は緋村を見ている。時折投げかける咎めるような目ではなく、ただただ、緋村を見つめている。
 緋村の手が、肩から腕に下りていくと、巴の体が強張っていった。そのくせ、その身を緋村に寄せるので、辛抱ならない。無理やり緋村の方へと体を寄せさせ、後ろから腕を回した。夜着の合わせから手を入れる。巴は身じろぎはするものの、逃げようとはしない。柔らかな乳房に触れる。白梅香が強くなる。

 そこで目が覚めた。夕方だった。大津の家で、どうやら貪り寝てたらしい。緋村は耕すことになった畑に巴がいるのを見ると、それとは反対にある井戸で頭から水を被った。何度も何度も頭から被って、妙に浮ついている頭も体も冷やしてしまおうとした。秋も終わりに近づいた頃なので、水は冷たい。その内、指先まで冷えてきたので、緋村はようやく手を休めた。
「何をなさっているんです?」
 咎めるような巴の声を聞くと、先程のことが思い出される。水に流して全てを忘れるべきだった。まだ流しきれていないのか。もう一度水を被ろうとしたら、巴の手が緋村の指を握った。
「こんなに冷たくなるまで……何を……」
 あたたかな巴の手の白さと柔らかさを感じて、緋村は己の未熟さを呪った。今ここで、どうにかなってしまいたい。それは、未熟なものがするおぞましいことだ。しかし、体は言う事を聞かず、巴の手を握り返していた。あまりにもあたたかくやわらかい。緋村の手とは違いすぎる。巴は女なのだ。
「俺は今夜、外で寝る。いいな」
「何を馬鹿な――」
 巴の咎める声は途中で止まった。緋村の目を見つめて驚いている。そうだろう、怯えさせたくはないが、しかし、俺は今自分でどうにか出来ないのだから、外に出るしかないのだ。距離を取り、あまりにも恐ろしい未熟さを彼女から遠ざけねばなるまい。
「あなたと私は……夫婦、ですよ」
「仮初だろう、君はただ俺に巻き込まれただけだ」
 名残惜しかったが、緋村は巴の手を離した。背を向けなければ立っていられないほど、あまりにも強く巴を求める心を、冷たい水で流してしまいたかった。