執着/ショタ
(原作とは違う結末辿ってる世界)
男は相手を見た瞬間駆け出していた。周囲の状況など目に入らなかった。この機を逃す訳にはいかなかった。
「宿儺!」
悲痛な叫びを聞いたランドセルの少年がこちらを振り向く。体格からして小学校低学年、ランドセルの真新しさから一年生であると推測される。ランドセルについているキーホルダーの中に防犯ブザーがあるのを見て、恵は我に返った。この子供が通報する可能性が頭から抜け落ちていた。血の気が引く。
「めぐみくん、どおしたの?」
声を掛けた対象が、一人で歩いている訳ではなかったのさえ見落としていた。隣の女児が恵を不審げに見ている。しかし待て、女児が尋ねたのは無論恵ではない。ならば、彼女の「めぐみくん」は誰なのか。
「めぐみくん」は人を小馬鹿にするような笑みを浮かべてから、女児に先に帰るよう促した。「知ってる人だ、変なおじさんじゃない」
公園で一人分のスペースを開けてベンチに並んで座る。ベンチに座ると地面に足がつかないような年齢の子供と、三十七の男の取り合わせは犯罪の予感がする。しくじったと内心焦りながらも、子供を見遣る。
「よくまあ俺が分かったな?」
「間違えるわけがない」
当たり前だが容姿は以前と違うし、呪力もまるで感じられない。どこにでもいる普通の子供の筈なのに、恵は彼を両面宿儺と認めた。根拠がなかったのに、ひと目見ただけで確信したのだ。まともじゃないことは恵も自覚している。
「お前が言ったんだろ、もう一度見つけてみろって」
胸が苦しくて、目が熱くなる。腹立たしくて、感情がぐちゃぐちゃで、目の前の子供に詰め寄りたいくらいだ。二十年前のあの日、宿儺は消えた。この世のどこにもいなくなった。それからずっと、恵はこの日を待っていた。
「そうさな、俺は次に生まれる時の命を二十までと定め、代わりにお前に必ず出会うという結果を求めた。分の悪い賭けだったが……どうやら勝ったらしい」
ケヒッと子供が笑う。邪悪な笑みは両面宿儺そのものだった。
「二十歳までしか生きれないのか」
「十までならば、より確実にお前を得られただろうが、流石に短すぎる。二十はぎりぎりだが、まだ勝てなくはない。故にそう定めた」
「今いくつだ」
「七つ。小学一年生だぞ」
ゲラゲラ笑いながらランドセルを見せつけてくる子供が呪わしくて仕方がない。こちらはもう四十路が近いというのに。もっと早く再会したかった。あと十三年しかないのか。
「お前、なんで大人しくしてる?」
「呪力も術式も持たんのでな、必然的にそこらの人間と変わらん」
お前の式神も見えんだろうと、恵の気持ちも知らないで、平気で言う。恐らく記憶を保ったままでいられるように、全てを賭けたのだ。
「お前が俺をこんなにしたのに、お前はもう何もできないっていうのか」
「そうとも。存分に俺を呪え」
すぐに死ぬぞ、と子供が蠱惑的な目で恵を見る。今すぐに殺したい気持ちをぐっと堪える。何の為にここまで生きてきたのか。何の為に探してきたのか。
「お前を呪ったら、次もまたお前に会えるのか」
「さてな。魂の廻る道は流石の俺も知らん」
だがまあ、命を賭ければまた出会えるかもな、と言われたならば、恵は覚悟を決めるしかなかった。
「不確かな約束なんていらねえ。残り十三年は俺がもらう」
恵は彼を抱き締めて、自らの影の中に引き摺り込んだ。子供は愉快だと大笑いしている。ここまで恵が生き延びたのは偶然ではない。まぐれでは生き残れない。宿儺の望んだ呪術師になりたくて足掻いてきた結果だ。
乙骨のように、死んだ人の魂を縛れるだけの力があればよかったのに。できない恵は生きている限りを縛り続けるしかない。子供の親には悪いが、この魂は誰にも渡せない。何故なら、伏黒恵の魂は両面宿儺のものであり、両面宿儺の魂は伏黒恵のものだからだ。

