聖職者/軍人
(ぼく地球の前世世界パロ。宿儺が聖職者、伏黒が軍人)
キチェ・サージャリアンとは一億人に一人の奇跡である。歌で植物を育み、サーチェス・パワーを持ち、額に証であるキチェを戴く。中でも男のキチェ・サージャリアンは全体の二%しか存在しない。彼らは短命であり、二十歳を過ぎれば大抵天寿を全うする儚い生き物だ。また、全てのキチェスは楽園と呼ばれる養成施設で俗世を隔絶させられ、二十歳まで外界を知らずに生きて行く。その間、理想的な聖職者としての教育を施されるという。
そんな常識を尽く覆した男が目の前にいる。
「なるほど、これが戦場か」
法衣を纏う癖に、少しも痛ましく思っていないと分かる顔で要人輸送機から眼下の光景を見ている。少々の死体と破壊された大量の機体の残骸が転がる地獄絵図がお気に召さなかったらしい。確かに、無人機が増えたお陰で死者は減った。それでもサーチェスを持つ者は無人機を効率よく破壊できるので前線に駆り出される。そんな彼らが死体になって転がっているのだ。判別も出来ないほどぐちゃぐちゃになった顔を見て、訓練した軍人ですら吐くこともあるというのに、男は平気そうにしている。このような汚れたものから最もかけ離れた所にいたくせに随分と図太い。
「貴様もああなるのか」
ケヒッと下品な笑いでこちらを見遣る。両面宿儺は史上最も優れたキチェスであり、同時に誰よりも邪悪な男である。汚れなき生まれと育ちに反し、誰も彼もを嘲笑い、蔑み、軽んじている。それでもこの男を止められるものはいない。だから、稀少な男のキチェスであるのに戦場へ赴ける。表向きの用件は兵士の慰問だったが、この男にそんなつもりはない。
伏黒は宿儺の問いに「そうかもしれませんね」と愛想なく返した。
サーチェス小隊の小隊長である五条大尉に次いで強いと評される伏黒少尉は、この世で最も貴き男の護衛を任された。
男は伏黒を一目見た時から意識しているようだった。微弱ではあるもののテレパスまで送ってくる。しかし伏黒は全てシャットアウトして決して受け取らない。そうでなければ形振り構わず縊りそうだからだ。何もかもに苛立つ。伏黒が欲しくて仕方がないものを持つ男。
男は荒れた地上に立つと建前の用件を実行すべく喉の調子を整えた。キチェスの中には稀に癒やしの力を持つものもいるが、伝説レベルだと言われている。そして目の前の男は神話の登場人物そのものだ。
賛美歌を朗々と歌い上げ、地上に草木を生やし、傷ついた者達の魂と肉体を癒やす。皆が一様に涙を流して宿儺に感謝している。伏黒も怒りと嫉みと憧れが目から溢れていた。その力が自分にあれば姉は助かった。仲間も死ななかった。なんでこの男が持っている。
歌い終えた宿儺は割れんばかりの拍手を無視して伏黒の前に立つ。にぃっと大きく顔を歪めて、伏黒の頬に触れた。
「いい顔をしてくれるな、伏黒恵」
俺から力を奪いたければ股を開くしかないぞ、と最低な一言を囁いて機内に戻る。誰にも聞かれないように悪態をついた。
キチェスは純潔を失うと力も失うが、力を奪い取れるわけじゃない。それに、力を失って楽園から追い出されたところであの男は絶望などせず、嬉々として周囲を地獄に変えて君臨するだけだ。だから、男から周囲を守る為に伏黒は護衛任務を全うする。
死んでくれ、と呪いながら伏黒は宿儺の後を追った。

