初めて出会った時はなんて勇ましい少女だろうかと感心したのを覚えている。夜中だというのに父の遺した流派を守りたいと強く睨んだ彼女の顔はおよそ少女とは言い難く、確かに一介の女流剣士ではあったが、やはり己の齢に比べればまだまだ若く、未熟で、経験の足りぬ小娘に過ぎなかった。彼女の敵が人斬り抜刀斎を名乗っていなければ、恐らく騒動が終わった後はやはり流浪の旅を続けていたに違いなかったのだが、偶然にも抜刀斎を騙り悪行をなしているのを見ると大変不愉快であったし、彼女が無鉄砲な真似をしでかさないでくれたらそれでいいとばかりに手助けをしてしまった上に、逗留する事を決めてしまった。
彼女の明るさにはその時点で惹かれていたとあとになって思う。前向きで、一途で、一生懸命に生きていこうとする彼女は美しかった。その志もまた同じである。子供の戯言にしか過ぎぬ活人剣を信じ、語る彼女は輝いて見えた。彼女の姿こそ、己の理想なのだと本能で悟っていた。人を笑顔にし、周りの人間の幸せを守る。言葉で言えば簡単なのに、いざしようとすれば、いかにそれが容易いことではないかを知り、道を誤れば単なる詭弁に過ぎぬ事だと知り、そして理想は叶えられないからこそ理想なのだと知る。虚しいことは世の常であり、この世は空である。この世はうたかたのように脆く、夢のように儚い。そんな事をたまに思いついては、己には学などないのにと笑うこともあった。人を切るような輩に学問など不要であると京都にいた頃は只管書物を読まなかった。貧農の出であるが修行時代に自分の名前くらい書けんといかん、と言われて最低限の読み書きは出来たものの、長州の志士達がそろって小難しい書物を持ち出してはああだこうだと論議しているのを聞いて萎えてしまったのもあるし、難しいことを考え過ぎると迷いが出て任を果たせなくなりそうだとも感じていた。今では多少書道をすべきだったかもしれないと反省している。十も離れた少女剣士は文字書きはもちろんできたし、その真っ直ぐで美しい魂をそのまま表したような字を書くのである。なので今まで全く気にしていなかった己の悪筆っぷりをなんだか恥ずかしく思うことは多々ある。
まあ己の字が下手なのと同じくらい、彼女は料理が下手だからどっこいどっこいではないかと思うことにした。
彼女は巴とは全く違った。巴は寡黙で表情を顕にすることが苦手で、勿論自分が思っていることを伝えるのも苦手であった。ただ、優しかった。許嫁を殺した男をまだ子供だといって憎みきれず、迷っていた事を日記を読んで知った。憎い、なのに彼は自身に疑問を抱いている、元服前の子供が人を斬っている、どうして彼が人を斬らねばならないのか、そういった言葉が並んでいたように思う。どこまでも優しい女だった。危うい志を指摘したのは彼女だ。そんな彼女の鋭い言葉が、若く未熟な己に纏わり付く疑問という靄を切り裂いていき、答えに導いてくれた。なのに斬ってしまったのだ。かけがえのない女性だった。幸せの象徴であり、己を初めて慈しんでくれた存在だった。忘れてはいけないと常に思い続け、決して誰も愛してはならぬと欲望のままに女を抱くことすら拒み、彼女への愛と懺悔、そして殺人の償いだけのために十年も日本各地を流れ流れて、生き延びていた。
神谷薫はお喋りで、快活で、乱暴でありながら優しかった。寂しがり屋で、泣き虫で、その割りには頑固で意地っ張りで強情者だった。文句ははっきり言うし、きつい事も誤魔化さずに言い、手を出すのも早くて、およそ女性らしさは簡単には見えてこないような少女だった。しかし、彼女の優しさに触れれば分かるのだ。彼女は誰よりも寂しがりやだからこそ、情が深く、純粋故に愛に溢れていた。彼女の笑顔を見てしまえばあまりの美しさとあたたかさに離れられなくなるほどである。可愛らしいのに、恐ろしかったり、美しいかと思えばすぐに泥まみれになったりする。薫は見ていて飽きないくらいに騒がしい。そして真っ直ぐな瞳は彼女の精神を表していた。
巴が清廉ならば、薫は高潔であった。どちらも清く美しく、女性としての強かさと弱さを持ち合わせていた。巴は人々の生活の美しさと小さな幸せの尊さ、そして人を斬ることによる業を教えてくれた。薫は生きる事の素晴らしさ、生きていく事の覚悟を教えてくれた。いつ死んでもいいなんて思わないで、私と共に生きて。薫が度々そう口にする度、彼女に甘えていた。拙者は薫殿の泣き顔は苦手だ、もしも拙者がそばにいる事で笑ってくれるのならば何があっても離れない、何故なら拙者は薫殿の笑った顔が好きだから。そんなことばを何度も繰り返した。
巴を失った時、なぜ彼女が死ななければならないのか、なぜ彼女は飛び出してきたのか、そんなことを考えていた。薫の偽の死体を見た時、そんな事すら考えられないほどの喪失感と衝撃に打ちのめされた。守れなかった。小さく愛らしい少女を。共にいたいと言ってくれた女を。初めてこの手で幸せにしたい、誰にも渡したくないと思った女を、守れなかったのだ。共に死んでしまいたかった。彼女とは違い地獄に落ちるであろうことはわかっていたが、彼女のいない世界なんて見れなかった。料理を美味しそうに食べて喜んでくれた姿も、一番弟子と些細なことで喧嘩して暴れる姿も、凛とした姿勢で竹刀を持っている姿も、己を見て顔を染めている姿も、もう二度と見れないと思ったら何も考えられなかった。生きる道は薫だった。薫こそが道だった。薫がいなければ生きていけないほど大切だった。愛しているなんて言葉では表し切れないほど、彼女を求めていた。一回りも年下の薫に恋をした己は酷く滑稽で、しかしながら諦め切れなくて、手に入れたくて仕方がなかった。彼女が笑いかけてくれるたびに胸が締め付けられて苦しいのに、それはとても甘くて心地が良い。幸せとはこの痛みのことを言うのだと知った。そして愛するという事は己を更に惨めにしていくことなのだということも知った。惨めで滑稽で恥ずかしく、未熟さを露呈していくことが愛するということの結果である。
彼女を初めて抱いた時の幸福感と罪悪感は忘れない。うぶな彼女は何も知らないから、何をされるのか曖昧にしか知らず、不安と期待と羞恥で顔を赤らめていた。少しずつ服を脱がし、肌を露わにさせると嫌だと泣いたが無視をしてそのまま彼女の柔肌を堪能し、彼女の体の隅々まで目で犯した。誰も触れたことのない場所を血で濡れた手で触れ、人斬りが美しい乙女の子壺に埋まり、その肉を楽しむ。愛しているのに触れるのが恐ろしかった。その恐怖を彼女は指摘しなかったが気付いていたらしく、しっかりと背中に回された腕が己にしがみついて離れない。あなたを逃しはしないと言われているようで嬉しいと言ったら彼女は笑うだろうか。逃げてばかりの己が漸く手にしたいと掴んだ女は情け深いから微笑むのだろう。そんな優しさが酷く胸を締め付ける。彼女に溺れてしまいたかった。子を産んでもなお、少女のような無邪気さを持ち合わせ、その癖立派に母親の顔をし、ひっそりと女の色香を匂わせるようになってからは、昼間であろうとも彼女を求めた。服を脱がさぬままの時もあれば、全てを日の光のもとに曝け出して辱めたこともある。それでも彼女は口で責めても拒むことはしなかった。こんな好き者の相手をしてくれる彼女に甘えた。大きな乳房を掴めば嬉しそうな顔をし、度々酷いことを強いても彼女は応えた。済まないと言いながら無体を働く己を彼女は許した。
結局己は酷い男である、愛してくれるものに散々甘えておきながら何一つ自分から渡せていない。返すものは何もない。巴が死んでから消えてしまった心を京都に置き去り、体だけが彷徨い、その体は薫を求め、心を取り戻せばその心と体で薫を蹂躙した。こんなひどい男を薫は慈しんだ。
緋村剣心は血に塗れている。なのに素晴らしい女に出合った。この心を生かす女をどうして手放すことができよう。ただただ、彼女に己の死を看取ってほしいとさらに酷いことを考えながら、剣心は今朝も朝餉の支度をする。
