左之剣

 左之助は隣でちびちびと酒を煽る男を見る。小奇麗な女顔はその辺にいる小娘よりよっぽど美しく、数えで三十の男の肌をしていない。流浪人だったという割には肌は白く、しかしながら目を凝らせばそこかしこに傷跡がある。大小あれど、どれも古傷だ。流れていた時のものか、それとも維新志士として京都にいた頃のものなのか、左之助にはさっぱり分からないが彼にとってその傷は名誉の証ではなくそれだけ人を斬ってきた証になるのだろうか。それすらも知らない。左之助の知るこの男は維新志士サマの癖に誰よりも敗者の苦しみを知り、どんな誰よりも今の不安定な世を憂い、そして誰よりも優しい。しかしながら、その可愛い顔に騙されてはいけない。この男は確かに激動の幕末を生き残っただけではなく、人斬り抜刀斎として十年以上経っても今尚恐れられるほどの伝説を残した男なのだ。一介の剣士なんて可愛らしいものではない。この男がそれほどの剣の使い手となるにはどれ程の苦労と時間が掛かったのだろうか。今は人を斬ることをやめてしまったこの男には数々の悲劇が起こったに違いないのだが、苦渋を舐め尽くしたことをこの男はおくびにも出さない。まるで左之助を子供扱いすることもあるが、どれだけむかついてもそれは仕方がないことなのだ、何せ十ほどの年の差がある。それなのに外見が二十そこそこにしか見えないのだからこれは詐欺だろう。真っ直ぐ通った鼻筋や、長い睫毛、その下に見える大きな青い瞳はどんな女も持っていない。ただし、その頬にある十字傷は何よりも異質を放っていた。この男の顔に傷をつけるほどの剣客がいたのかと思うとそれはあまりにも現実味がない。左之助が今まで喧嘩した相手の中で飛び抜けて強い男が目の前の女顔の剣客なのだ。しかし、この男は決してその傷のことを話してくれはしないだろう。話さなくて済むのならその方がいいとでも言いたげな顔をするのだ。
「拙者の顔に何かついておるのか」
 暫く見つめすぎたらしい、のほほんとした顔で疑問を投げかける男に左之助はなんでもねぇよと返した。左之助は女が好きだ、喧嘩とは違う享楽に溺れないわけがない、だが目の前の美しい人は男だ。こんな考えはよそう。そう思うのに、だらしなくはだけた着物の間から見える胸を見ていると何やら変な気が起きてくる。こいつが女みたいな顔をしているのが悪いのだ。
「急に誘ってきたから何か話でもあるのかと思ったのでござるが」
「なァに、単に酒をお前と飲みたくなったのよ。博打で勝ったから金はあるからな、遠慮すんな」
「お主も大概だなあ」
 はは、と笑う顔にすら見蕩れている左之助は重症だ。
「そんなに見つめてくれるな」
 まだ笑いをその顔に貼りつけたまま、男が言う。視線に敏い男が左之助の変な熱に気づかぬ訳がなかったのだ。だがここは白を切りたい。何せ男色は昔の武士には当たり前であったとしても、明治の世ではいけないこととされている、らしい。左之助は今まで男を抱きたいと思ったことがないからよく知らなくても良かったのだ。
「拙者がまだお前と年の変わらぬ頃だったならば許していたかもしれぬが」
「おめぇ、男と寝たことあるのか」
つい驚いて口に出してしまったが、こんなことを聞いてもどうしようもないことは明白だっだ。
「まだ人斬り所業が仲間内にもあまり知られていなかった頃に、何度か、な」
「マジかよ」
「元服する前の話でござる」
「女はいつ知った?」
「その後でござるよ。まああれが衆道と言うのかも分からぬが。なにせ何も知らぬ子供でござったから」
「へえ」
「男とはそれきりでござる。そもそも、あの時は戦国の時代は挨拶代わりに相手の武将と寝たとか何とか言われている内に、という具合でよく覚えておらぬ」
「したくてしたわけじゃあねえのか」
「勘弁! 疲れるだけでござる」
「どんな具合だったんだ?」
 目の前の男がどんなふうに感じたのかも興味があったが、純粋に男同士で寝るということに対しても興味があった。所謂、怖いもの見たさ、というやつである。
「左様なことを聞いて如何する?」
 青い目が鋭く左之助を見つめるのだが、そこにはなんの熱も感情もなかった。冷めて虚ろな目には人斬り抜刀斎の剣幕はなく、ただただ蔑むような色があった。そんな顔は初めて見たので、ムカつくよりも何よりもまず驚いてしまった。お前もそんな顔をするのか。人を軽んじたり蔑ろにするような男ではないと思っていたが、成る程、流浪人であるがゆえの仮面なのかもしれない。優しいのは本性だろうが、だからといって心が広いわけでは無さそうだ。どうでもいいことはさらりと流してしまえば腹も立つまい。
「興味があるだけよ」
「もし拙者が心地よいと答えたならば、お主は男を抱くのか」
「さァな。大体、そんな物好きいやしねぇだろ」
「それもそうだ」
「んで、どうだったんだ?」
「そもそも同衾すること自体初めてで、何も分かっていなかったのでな、正直いいものだとは思わなかったでござるよ。師匠はそういう気はなかったし、春画すらまともに見れぬほど初だったのだから」
「お前が抱かれたのか」
「左様。その男は男しか抱けぬらしくてな、丁度十四、五の童を特に好んだらしい。よくは覚えておらぬ」
「どんなふうに抱かれた?」
「お主はそんなに拙者の体が気になるのか。乳房もなければ傷だらけの貧相な体のどこに?」
 左之助は沈黙した。どこに、と聞かれてもそれは左之助自身分かっていないのだ。ただその胸に手を這わせてみたい、どんな顔をしてあの男は快楽に溺れるのだろうか、ということを考えただけである。それがいつの間にか抱きたいという下品な欲望へとつながったのだ。
「一度きりなら許す」
「へっ?」
「拙者もたまには遊んでも良かろう。そこそこ我慢はしているのだが、出さずにいると体に良くないと聞く」
 この男が薫に懸想しているのは何となく察していた。但し、確信が持てなかったしからかっても面白なくなさそうなので薫の方ばかりからかっていたが、結構本気で思っているらしい。それなのに気付かれたくないというのはどういう了見なのだろうか。それに女で遊ぶならまだしも男と――それも左之助と遊ぶというのもまたおかしい。だが、一度きりでもこの男を組み敷いてみたいと思っていた心は素直にその言葉に従った。
「口吸いだけはやめてくれ」
「わぁったよ」
 男を押し倒し、髪紐を解く。散らばった髪に埋もれる顔は今まで左之助が抱いたどんな女よりも美しく恐ろしい。その赤い髪の一房に口付けると男は顔を背けた。ゆっくりとその首筋を舌で味わう。酒の匂いと仄かな汗の臭いが混じっていた。だがそれはどこか甘く、酒に酔っていた左之助を更に酔わせてしまう。悪趣味な赤い着物を脱がせ、肌襦袢も肌蹴させると膨らみのない胸があらわになる。女にするようにその頂きを吸うと男が少し声を漏らした。こりゃまるで乳の乏しい女を抱いている気分だな、と思いつつ、刺激を与えていると、男の手が左之助の股間に伸びてイチモツに触れた。怒張しているのに気付くとくすりと男は笑った。どこか馬鹿にされているような笑い方にむかっときたが、その顔に浮かべる表情を見ればそんな物は吹き飛んだ。絶世の美女というものを左之助は見たことがない。薫も暴れまわるから気付き難いが黙っていればそこそこ可愛いし、恵もその毒舌を知らなければいい女だと思うが、どちらも絶世の美女とは違う。しかし、目の前の男にはそれが当てはまるような気がしてならなかった。目を細め、左之助を熱っぽく見つめるその様はしびれる程美しく妖しい。声を漏らさぬためにか、口に手を添えているのだが、その何でもないはずの様子さえこの男がしているだけであだっぽかった。なんて男だろう。女に生まれていれば間違いなくこの美しい存在をめぐっていくつもの争いが起きていたに違いなかった。
「左之?」
 不審そうな素振りを見せるが、多分この男は自分がどのように男の目に映るのか知っているに違いなかった。そうでなければこの色香は出せないだろう。
「おめぇ、男でよかったな」
「そうか」
 男の下帯を外し、そのイチモツを見る。陰茎の大きさは大抵その慎重に比例するという。背が高ければ大きいし、低ければ小さい。この小柄な男は女みたいな顔をしているくせにイチモツだけは立派で、さすがは飛天御剣流だと冗談を言ったこともあるが、その時は勃ち上がった姿を想像していなかった。今見ればそれは男の左之助も羨むくらいの見事さである。
「やはり萎えるだろう。やめておくか」
「いんや、やろうぜ」
 ゆるく握ってこすってやる。少し緩急をつけて動かせば男の腰がゆらゆらと動いてきた。気持ちがいいかと問えば察しろと冷たく返されたが、少し肌の色が赤くなっていたから、答えはそれでいいのだろう。そうこうしている間に、左之助もすっかり我慢できないほどの興奮を覚えていて、正直出したくなって仕方がなかったが、この男のものを先に出してしまいたかった。そんな考えを察したのか、男は上半身を起こし、お前も脱げと左之助に言う。もっと気持ちよくなる方法があるから、と。渋々服を脱ぎ捨て、下帯も投げ捨てた。怒張しているそれを見て男は鼻で笑った。
「若いな」
「てめぇよか十は若ぇぜ」
 男は左之助に胡座を掻かせると、その上に乗って、左之助のものと自分のものを一緒に握った。その手が動くたびに得も言われぬ快楽が起こったことを左之助は認めなければならなかった。男の腰に腕を回し、男自体を上下に揺すぶると耐え切れなくなったのか少しずつ喘ぎ声が漏れはじめた。やはりその匂いと同じくその声も甘く、左之助の頭を溶かしていく。
「出る!」
 その時にはもう左之助と男は弾けた。はぁ、と息をついたところで、男が四つん這いになって、左之助のイチモツを口に咥えたではないか。あまりのことに驚いて声も出なかったが男の巧みな舌使いに危うくすぐに復活してしまいそうだった。別段、こうして口に咥えられることが初めてなわけではないのだ。宵越しの金は持たぬ主義の左之助だが、女は寄ってくるので苦労した覚えはあまりない。擦り寄ってきた女達とはいろいろなことを試して遊んだし、手慣れた女はなんでもしてくれる。だが、この男ほどの巧みな技を持ち合わせていたかと言われるとそうではない。というか、男は久しぶりの筈なのにどうしてそうも器用に翻弄させることができるのか、甚だ疑問である。左之助の大きなイチモツを小さい顔についている小さな口で目一杯包み込む様は左之助の嗜虐心を煽り、征服欲を満たす。喉の奥まで飲み込んでいるらしい、舌の動きがあやしく左之助を刺激してやまない。そろそろ出る、と思った時には男の口に出してしまっていた。男は吐き出すこともなく、全て飲み込んでしまったようだった。ゆっくりと左之助の股間から離れていき、口を乱暴に腕で拭った。
「やはり不味い」
「うめぇって言われても困るぜ」
「それもそうでござるな」
 男は唇を舐めた。その様は飢えた狼のような危険なものを感じるのに、あまりにも色っぽかった。出来ることなら口吸いをして女にするように可愛がってしまいたかったが、それは男が許さないはずだ。
「お主はしてくれぬのか」
「指南してくれりゃあしてやるぜ」
「噛み千切ったら逆刃刀の錆にしてくれよう」
 普段の柔和な態度や言動を思えば、なんと乱暴で冷たく鋭い言葉だろう。だが、この男の本性であるのならばそれはそれで面白い。
 左之助は男の股間に顔を埋め、そのイチモツを咥えた。抵抗感があると思っていたのだが、殆ど使われていなさそうな性器を見て何だか変な気分になるものは致し方ない。