共に生きよう

 初めてトランクスとそういうことになったのはブラックの襲撃であまりにも多くの仲間を失ってしまったときだった。知り合って間もなかったが、ブラックと唯一渡り合えるトランクスの抱える孤独と無力感による絶望をどうにかしてやりたいと思ってしまったのだ。
 トランクスは慰めを求めていた。他人の肉体のぬくもりに包まれる必要があった。そしてそれは彼が常に信頼してきた母親ではなく別の女が果たすべき役割だった。
 だからマイは落ち込み下を向くトランクスを優しく抱きしめて、涙を流し震える彼の背中をなでさすった。その内、トランクスが顔をあげると、濡れた頬を指で拭い、顔を近づけた。トランクスはその随分整った顔が涙でよごれていても綺麗で、そんな彼が悲しみに満ちた表情をしているのはとても辛かった。だから、ゆっくりと顔を近づける。戸惑うトランクスの唇に軽く口付ける。トランクスの体に腕を回して逃げないようにしたが、彼はたじろいだ。怖いことなど何もないと教え込むように抱きしめていると、彼の驚きも落ち着いたのか、ただ困惑の目をこちらに向けている。マイはもう一度だけ唇を重ねてみた。トランクスもぎこちない動きでそれに応える。何も知らないというわけではないのだろうが、具体的に知る機会もなかったのだろう、おずおずと唇を交わすトランクスは年よりもずっと幼く見えた。
 次第に舌が絡むようになるとトランクスはますますびっくりしているようだったが、積極性は衰えることなく、好奇心と欲が徐々に見え始めていた。
 それでいい、今は仲間を殺されたことだけに支配されてはいけない、別の事で頭を混乱させてしまえばいい。気持ちの整理が終わるまで、マイは何度もこうして口付けてやろうと思った。マイがトランクスにしてやれそうなことは、今のところそれくらいしか思いつかなかった。

 そのように過ごした夜があったにも関わらず、トランクスは生真面目な男だったので、交際しているわけでも何でもない女を抱いた事に後悔と罪悪感を覚えてしまったらしく、ひたすら謝ってきた。
 昨夜はすまない、理性も何もかもなくしてしまって、君に乱暴を働いてしまった。本当にすまない。
 そんな風に謝られるくらいなら、昨夜の事はなかったことにしようとマイは言った。
 その時は虚しさがマイを支配しており、その虚しさを与えている男のことをそれでも心の底から受け入れてしまった事実に、マイはこれから先の事を考えてしまった。再びトランクスがあのように悲しみを抱えきれずにいたら、マイはまたトランクスを慰めるだろう。言葉では決してその悲しみを掬い上げる事はできないと分かっているからこそ、全てを彼に許すに決まっている。それに、マイにしてみても、彼を慰めるという大義名分を借りて自分も慰められたかったのだ。
 誰かに支えられていないと立つことも歩くこともままならないような世界で、次々と仲間達が死んでいく。どれだけ抵抗しても、あの悪夢からは逃れられないのではないかという恐怖を無理矢理押さえつけて戦っているのだ。時には強い意志も折れてしまう。その時、マイは隣にトランクスがいれば頑張れると思った。だから、全てを許したのだ。
 トランクスはマイを見て、すまないともう一度言った。その言葉はどんな意味を含んでいるのかは分からなかった。

 そうして、やはり仲間が多く死んだ後は何度も体を重ねることになった。トランクスの激しい苦悩と嘆きは消えることなどなく、彼はいつも泣いていた。マイは彼の悲しみを全てこの時に曝け出してしまった方がいいと思い、常に優しく彼の頬を撫で、口づけをし、腕いっぱいに抱きしめて、誰も彼もがトランクスを責めるつもりはないと示そうとした。トランクスは誰よりも戦ってくれているのに、トランクスが払い除けきれなかった災いについて誰が責められるというのか。それでも自責する彼に、マイはただ、言葉なく体で慰めるしかなかった。
 しかし、トランクスの様子は徐々に変わっていた。マイが何度も許すことで、トランクスは世界にひとりぼっちなのではないということを感じ始めてくれているようだった。マイのことを仲間としての信頼以上の感情で見ているのも感じられて、マイは今まで頑張ってきたことは無駄ではないと分かった。
 その内、激しい戦いの後だけでなくても彼はマイのことを抱きしめ、ぽつりぽつりと彼の過去を語るようになった。戦い方を教えてくれた師匠、自分の出生、かつての悪夢であった人造人間との戦い、常に戦いから離れて生きていけない彼の運命について。ただの男ではないと出会ったときから分かっていたし、普通の人間ではないとも見て取れたが、まさかそのような過去があったとは思いもよらなかった。彼の孤独感は昨日今日のものではなく、或いは生まれた時からのものなのだろう。今や生き残ったサイヤ人はトランクスのみ。地球上にトランクスと同じくらい強い存在はなく、彼はたった一人の戦士だった。
 だが、トランクスは彼と同じようには戦えない人間の存在をとてもありがたがっていた。一緒にいてくれるだけで心強い。師が死んでからは孤独な戦いが続き、何度も己を叱咤して立ち上がろうとしなければならなかったときとは違い、皆がいてくれる。協力しあい、敵を倒して再び平和を取り戻そうとすることに、勇気をもらっているという。
 その言葉の一つ一つに彼の孤独ゆえの強い仲間意識と感謝の気持ちが込められているのをとても強く感じて、これが本当のトランクスなんだろうとマイは泣きたくなった。出会ったばかりの頃、彼の心は既に疲れ切っており、ちょうど戦いも激しくなっていた為に、彼の表情は強張っていた。常に緊張し、少しも気の休まるときなどなかった。だからこそ、マイは彼を拒んだりしなかった。それが報われたのだろうと感じた。どんなに厳しい状況でも、彼の心を常に脅かすものが支配していてはいけないのだ。それは彼を追い詰めやがて死に追いやるだろう。しかし、彼は気を緩めてもいいことを知った。彼はどれだけ辛くても、その時のことを思い出すだろう。子供達の笑顔や、仲間達の信頼は彼を生かす。マイにできることはトランクスに比べて小さいが、それでもやるべきことをやれたのだと嬉しくなった。
 その内トランクスは、マイの目をしっかり見つめるようになった。思い返せばただ慰めるだけだった時は極力互いの目を瞑り、現実から逃避しているだけだったのに、今ではトランクスはマイの目をよく見て、その先のことを意識しているように思われた。抱き方もトランクスの感情を優先していたかつてに比べ、マイのことを優先するようになった。愛撫はただただ彼の性格故に優しかったのとは違い、感情が込められ、彼はマイが喜ぶところを見つけ出し、マイのために彼が全てを尽くすようになった。マイは今までとは違う彼の触れ方に困惑しながらも、これまで抱いたことのない歓喜に踊らされるようになった。誰もいない場所で口付けるだけのときも増えたし、まるで恋人のように大切に扱われることもあった。時折、世界が平和になったらという話をする時も彼の未来にはマイが必ずいる。明確な言葉をもらったことはないが、マイの名を呼ぶときのトランクスには、仲間や母親に向けるものとは違う感情が含まれていることに気づかないはずがなかった。
 だから、多忙でただ手を握るだけの日が続いたあとの彼との行為には感情が追いつかないほどの喜びを抱く。
 その夜は各地にあるアジトの中でも地下深くにあるところで二人きりだった。抵抗軍のリーダーとして働くマイと、抵抗軍の希望であるトランクスには休める時が少ない。だからこそ、今夜は休まなければならないとわかっていたが、二人は他の誰もいない密室にいることを意識しないわけにはいかなかった。
 外套を脱ぎ、軽装になって、二人は言葉なく口づけを交わす。常に時間がないので性急な行為になるのは仕方がないが、その僅かな時間に彼の感情を理解させられることは多い。
 服を脱ぎ捨て、彼はマイを古びたソファに横たえると、既によく知ったマイの弱いところを刺激する。マイの声が漏れるたびに嬉しそうにするトランクスは、行為を加速させていく。
 到頭、彼がマイの体との距離をまったくないものにすると、マイはいつも泣きたくなる。喜びだけではなくて、マイが決してトランクスのようにはなれないことを感じるからだ。逞しい体のあちこちに怪我の跡を認める。その体は常に戦いの中で傷付いている。マイの傷とは比べ物にならない。それは彼が最も危険な戦い方をしてくれているからなのだ。そういった違いがあるからこそ惹かれているのも分かっているが、その違いが歯痒いことも多い。せめて、抱き合っている時はトランクスを癒やしてやりたい。体の傷は治してやれないが、心の傷が深くならないようにしてやりたい。こんなに真面目で優しい男が傷ついてばかりいるなんて。
 だから、精一杯の気持ちで彼のすべてが嬉しいのだと伝える。共に戦ってくれる事、未来について希望をなくさぬようにしてくれる事、それらの全てがマイにとってどれほどの支えになってくれているのかを伝えたい。めちゃくちゃになりながらも、口づけを交わし、名を呼び、乱れていく。意味のある言葉が出なくなってくると、トランクスはマイを頂点に追い詰める。彼によって満たされると、マイは離さないでほしいと言わんばかりに強く抱きしめる。何が起きてもこの人と一緒ならやっていける。そんな気持ちにさせてくれる。
「トランクス、頑張ろう、一緒に生きよう」
 マイが涙を流しながら、とぎれとぎれに言うと、トランクスも泣きそうな顔で頷いてくれた。その泣き顔をマイは決して忘れない。