スライムが子供を産んだついでに都市計画を考えた話

「おめでとうございます! いよいよですね、リムル様!」
「分娩室の用意は出来ています! いつ産気づいても大丈夫です!」
 朝起きてからずっと周りがこの調子なので、リムルはうんざりしながら、適当に相槌を打ち、そわそわしている部下達に落ち着くように命じた。因みに分娩室は必要ないと説明するのはこれで五回目である。産気づく事はないと説明するのは十三回目である。
 ついでに、今、リムルはシュナの護送(スライム形態で運ばれること)によって執務室に向かっているのである。
 何故皆がそわそわしているのかというと、待望の赤ん坊が今日生まれるのだ。
 子供を作った日に生まれる予定日をうっかり漏らしたせいで、ずっとカウントダウンされていたため、国中どころか近隣諸国や魔王達までこの日を楽しみにしているという、一種のエンターテイメントになってしまっている。リムルもその子供も見世物ではないのだが、スライムが魔王になっただけでも常識破りなのに、更に子供を成したのだから、そりゃ注目しても仕方がない。
 さて、胃袋から取り出すだけだから特別何かをしなくてもいいと説明を何度もしてきたが、流石に出産と思うとシュナの方が落ち着かないらしく、聞く耳を持たない。ベニマルも妹と同じで「シュナを常に傍に控えさせて下さい」と何度も進言してきたのだ。スライムが普通に出産するわけがないというのが頭にないようである。
 というかこれも出産というよりは、リムルの感覚で言えば、材料を用意して混ぜて放置したら完成してたのを取り出すだけなのだ。気分としては浅漬けである。究極能力まで使っておいて浅漬けはないだろうと思われるかもしれないが、ベニマルの精子とリムルの万能細胞と精霊を混ぜて捏ねて153日間智慧之王に任せていただけなのであるからして、そのような気楽さを持っても仕方がないだろう。
 という訳で、執務室に到着し、人型に擬態するとベニマルを呼びつけた。
「もう生まれるんですかッ?!」
 影移動ですぐさまやってきたものの、めちゃくちゃ焦っている。
「そうだよ。ていうか取り出すだけだからね?」
「大丈夫です、リムル様。巫女は助産師でもあるのです!」
 いつも冷静なシュナも緊張しているようで物を持ったり片付けたりして忙しないが、胃袋から取り出すだけなのでそんなに慌てる必要はないのである。これであっさりと取り出したらなんか怒られそうな気がしてきた。杞憂で済めばいいのだが。
 とりあえず、父親であるベニマルと叔母になるシュナ、ついでに秘書二人が揃ったのでリムルは胃袋から赤ん坊を取り出した。そんなあっさりと出産を終えられたことに周囲が「えっ」と驚いているのを無視して、赤ん坊を見つめる。
 赤い髪が既にうっすら生えている。性別は男だ。立派なものがついている。ふんぎゃふんぎゃとよく分からない声を漏らして、初めて見る世界に興味津々なのか、忙しなく目を動かしている。おめめもぱっちり開いていて大層可愛らしい。
 ただ、問題というか、疑問が一つある。ベニマルの子供なので角がもちろん生えているのだが、その本数が謎なのだ。
「三本角ですか……?!」
 シュナの驚きようからして、鬼達にとっても奇異なことのようだ。
 角は額に正三角形の配置で小さく生えている。これは成長するに連れて太く伸びていくのだろう。ほんの一センチ程度しかまだ姿を見せない角は父親と同じく黒曜石のような色をしている。この角が三本とも立派に伸びたらさぞかし威圧感が凄いに違いない。
 それにしても、三本も生えるなんて実生活に問題がありそうだ。ベニマルも枕に角が刺さったり、服を脱ぎ着する時に引っ掛けて破いてしまったり、地味で大したことはないがちょっとイラッとするアクシデントがあるのだから、この子はもっと面倒な苦労をするだろう。服に関しては襟ぐりの開いたデザインを増やしてもらう方向で対応しようとリムルは決めた。
 さて、種族はというと、妖鬼だった。何度も皆で確認したが、間違いなく妖鬼だった。大鬼族も鬼人族もすっ飛ばして妖鬼として生まれてきた事にも全員で何事なのだろうかと驚いたが、ディアブロだけは「流石リムル様!」といつもの調子で褒め称えていた。
 更にシュナが解析鑑定したところ、この赤ん坊は男でもあり女でもあるという。即ち両性具有だった。それが分かった瞬間、リムルは抱いている赤ん坊に対してかなりの羨望を抱いた。リムルは性別が無くて訳の分からない究極能力を獲得までしたというのに。
 シュナ達も例外ばかりの新しい一族の誕生に驚きを隠せていない。
「リムル様の体内で育てられたからでしょうか……?」
「濃厚な魔素を浴び続けていれば、あり得るかもしれません」
「別に進化させたつもりはないけどなあ」
「ほら、リムル様は無意識のうちに名付けたりするから、無自覚で進化させてるかもしれないじゃないですか」
「失礼だな、最近ではペース配分考えてるよ?」
 侃々諤々と議論を交わすも結論に至らず、とにかく最初から強い進化の状態で生まれてきたことについてお祝いしようということになった。めでたい事には変わりないのである。
「名前は考えられてるんですか?」
「うん。この子の名前はアカオだ」
 ベニマルの子供なので多分赤い髪で生まれてくるだろうと思って、赤を入れた名前を考えていたのだ。漢字で書けば赤緒ということにしてある。音だけ考えた後、智慧之王に当て字を考えてもらったのである。赤は生命の色を表し、緒は長く続くという意味がある。要するに元気に長生きしてくれという意味になるし、緒には系統という意味も含まれるので、ベニマルの一族が続きますようにという願いも込められるというので、それを採用した。
 これを皆に伝えるとベニマルは感激して泣いたし、シュナもシオンも流石ですと喜んでいた。全ては智慧之王のお陰なので居心地が悪かったが、鬼達が嬉しそうなので適当に笑って誤魔化した。
 そして、子供が生まれたこと、名前はアカオであることを思念伝達できる範囲に伝えると、瞬く間に世界中にそのニュースが伝わった。
 数日後には挨拶伺いにあちこちの王やら代表やらがやってきて、祝辞を述べてベビー用品をやたらと贈ってくれた。中でもドワルゴンが実用的かつ頑丈なベビーベッドを贈ってきたことには笑った。しかも長い手紙付きで、その内容は孫の誕生を嬉しがる祖父のようなノリだった。いつガゼルがリムルの父親になったのかは不明だが、貰えるものは病気と借金以外は貰っておこうということで、有り難く使わせてもらう事にした。因みに近々予定を空けてテンペストに来るとの事だったので、何かお礼を考えておかねばなるまい。
 親であるリムルが他国とのやりとりをしている間、アカオはシュナとモミジとアルビスに預けられていた。シュナを筆頭乳母とし、モミジとアルビスにはねえや兼護衛としてついてもらうことになった。これは二人からの要望であり、リムルもベニマルも頼むつもりはなかったが、人手が増えることについて不満もないので受け入れることにしたのである。二人共それぞれの国のことがあるのにいいのかと一応それぞれの保護者に尋ねたところ、一人欠けたくらいで揺らぐような脆弱な集団ではないとのことなので、問題はないはずである。
 モミジとアルビスについて、ベニマルへの未練がないかと密かに探ったが、リムルからベニマルを掠め取ろうなどという二心はなく、ただ、かつて慕った男の子供が男であれば或いはその子との未来を考えるつもりだったようだ。なんとも気の長い話である。これは寿命が長い種族でなければ考えつかないことだろう。リムルはそんな二人がいつかアカオを夫にしたいと言い出すまでは放置しようと決めた。ベニマルを諦めてくれたのだから、それ以外のことは好きにさせてやってもいいだろうし、アカオが嫌でなければそれもありなんじゃない、と思うことにしたのである。今の所、お腹が空いたらびぃびぃ泣いて、満足したら寝ているだけの子供にどうこうできるわけでもなし、何かあった時に考えればいいだろう。

 子供が生まれた数日後の夜、ベニマルとリムルは真剣に家を建てる事について相談し始めた。
 現在、ベニマルの家で睦まじい日々を過ごしたりすることが多いが、幹部の家々が建ち並ぶエリアでリムルとその子供が暮らすのはあまり宜しくないというのがベニマルの意見である。そこの区別はしっかりしておいた方がいいのはリムルも同意見だ。以前、ベニマル達の故郷に家を建てて、あの土地を再興しようと話題が上がったので、これを真剣に考えて家を建てるべきだろうということになった。アカオを育てるのもそちらの方が良いだろう。
 無論、三人だけしか住まないなんて寂しい事にならないよう、一般家庭用の住宅地も開発予定である。その他、首都同様の商業地区を開発するかどうかも考えなければならない。
 それについて、ベニマルに権限はないとはいえ、リムルの伴侶として土地開発についても一緒に悩んでもらうことにした。今後は経済についても学んでもらう予定である。軍事関係以外は分かりませんなんてことを言わせるつもりはない。
 リムルに何かあった時、国をまとめるのはベニマルの役目なのだから、それなりに勉強してもらわなければ困るのである。無論、実務はシュナやディアブロがうまく回してくれるだろうし、その下でリグルド達が奔走するから、ベニマルだけの責任ではない。
 ただ、代理として立つにしても何もかも分かっている上で部下に任せるのと、何も分からないまま部下に任せるのでは大きく異なる。
 リムルはその辺りを適当に手を抜きながら遣り繰りしているが、ベニマルの事を考えて、教育はしておくほうがいいだろうと判断した。ベニマルもやる気はあるみたいだし、大軍師だけではなく、為政者としての目線をもってリムルの相談に乗ってもらうことにしたのである。元々、大鬼族の族長になるべく育てられているので、リムルよりは素地がある。
 また、今回開発予定の土地はベニマルの故郷だから、どこにベニマルとリムルの家を建てるか、その周囲をどのように配置するかは、ベニマルの方がよく分かっている。最終的には都市計画も見据え、ベニマルと話し合う。
「ラミリスに迷宮の入り口を作ってもらうよう便宜を図るか」
「それは必須だな。ラミリス様の迷宮はかなり重要だ。防御や避難にも向いている。この街もいずれは非戦闘員達も住むことになるだろうから、それを考慮すべきだ」
「あとは警備隊の増員も考えなきゃな。うーん、寧ろ軍事基地をここに作るか? ベニマルが住むんだからそれくらいしてもいい気がしてきた」
「新兵の訓練とかをここでするのか? できなくはないが、今でも十分だと思うがな」
「今は別段必要ないだろうけど、これから先の事を考えて、体系的な教育は大事だと思う。ハクロウばかりに負担させるわけにはいかねえし。教育隊を編成して、そうだな、士官学校も作ろう」
「指導役は、ゴブアとかどうだろうか。あいつなら新兵の教育も任せられる」
「よし、じゃあ、ここは軍事都市として開発するか! うおぉ、ワクワクしてきたぞ。そうと決まれば基地と俺達の家を大まかに決めようぜ」
 こうして都市計画が始まったのだ。リムルは軍事都市について詳しいわけではないから、智慧之王の助言とベニマルの知識で城郭都市を目指すことにした。
「俺達の家を中心に城郭を築いて、守りを堅くしよう」
「なら、俺が昔行ったことのある城下町とか参考にしてみる? 皇居とか姫路城とか」
 思念伝達でリムルの持つ歴史や建築に関する知識と実際の記憶を共有すると、ベニマルもアイデア自体は気に入ったようだった。
「改良の余地はあるが、なかなか面白いな」
「じゃあ、頑張って考えるぞ! あ、でも街の名前先に決めとくか、呼びにくいし」
「リムル様に任せるぜ」
 リムルがいつものように「呼びにくい」を理由に挙げたからか、ベニマルは苦笑している。別に街の名前を考えたからといって魔素を消費するわけでもなし、それくらいは平気だ。また、決めあぐねている間に妙な呼称をされるのもなんだか締まりがない。魔王達の轍を踏むつもりはないのである。ただ、名前を考えるのも面倒なので、適当にあるところから名前を引用することにした。
「じゃあ軍都ベニマルで」
「考え直して下さい!」
「なんでだよ! 首都の時は賛成してたじゃねえか!」
「そりゃ、首都がリムル様の名を冠するのは当然ですよ!」
「じゃあ、お前が治めるべき土地にお前の名前付けてもいいじゃん! おかしくないじゃん!」
「確かにあそこは俺達の土地だが! しかしだなあ……ん? 待ってくれ、俺が治める?」
「そうだよ、だってあそこはベニマル達の土地なんだから、街を作るならお前が治めるべきだろ? だから、ジュラ=テンペスト連邦国の軍事都市の領主をベニマルとする」
 ベニマルはぽかんと呆けていたが、すぐさま姿勢を正し、座礼した。
「畏まるなよ、当然のことをしただけだろ」
「だが、礼を欠く訳にはいかねえ。ありがとう、リムル様」
「いいから、いいから。ほら、頭を上げて話の続きをしようぜ。そういうことだから、ベニマルの名前付けてもいいよな?」
「それは却下です」
「なんでだよ!」
 という訳で、あれやこれやと騒ぎながら結局別の名前を考えることにした。
 どうせ付けるなら、ベニマルだけではなくて、あの時生き残った六人に因んだ名前にしようということで、中国の代表的な兵法書である六韜から、軍都リクトーとした。六韜は兵法の極意が書かれた書物で、どのようにして戦で勝つべきかが書かれている。元々傭兵として営んできたベニマル達には馴染み深い内容だし、軍都として栄えさせるつもりなのでかっこいい名前の方がいいということで提案するとベニマルは流石ですと感服していたが、人間だった頃に暇つぶしの新書でそういうネタを読んだだけのリムルにはその敬服の目は痛かった。
 とにかく、軍都リクトーには軍事基地と教育隊を配置することを決めて、ある程度要望をまとめ終えると、リムルはどうしようもなくワクワクしてきて、出来ればレオンのエルドラドのような防衛機能を持たせたいという気持ちが出てきた。都市の名に因んで、ペンタゴンならぬヘキサゴンという国防総省みたいなのを作るとなれば、気合が入る。
 当初の自分達の家を建てようという話からかなりズレてきていることにリムルは気付いていたが、都市計画について考え始めると楽しくなってきたので、仕方がないよねと開き直って、マイホームの具体的な話よりも延々とリクトーに置きたい施設や設備等について夜が明けるまでベニマルと話し合ったのだった。