京の町は華やかである。人が行き交い、声が響き、笑い合うのが聞こえる。何かに急ぐ人、道端で集まる女達、退屈そうな老人が昼間から酒を煽り、若い男は険しい顔でいたりする。
剣心の育った山の村には何もなかった。こんなに便利ではなく、人も多くなく、遊ぶと言えばお手玉や隠れ鬼などで、山の自然を存分に感じながら生きていた。京にあるのは、人々の活気、そして欲望、それらが複雑に絡み合い、楽しいはずなのに虚しそうな人も見かける。山のにおいとは違い、京のにおいは人によって作られたものだと分かる。京にあるものは人の手が作り上げたものばかりだ。それは過ぎ去った時の人々の積み重ねであり、これからもその営みは繰り返され、今ここにある人達は過ぎ去った人となる。山にはそのようなものは見られない。動かざること山の如しと言ったのは誰だったか。そんな言葉もあったと剣心は頭の片隅で思い出す。
剣心はこの街に馴染まない。
溶け込むこともなく、己がこの街の人間になりきることはできないと剣心は分かっていた。
酒は旨いのかもしれぬ。剣心には判断がつかぬ。比古と暮らしていた時は子供だとからと酒を飲ませてくれなかった。幼かった剣心もあまり酒に興味を示さなかったが、こんな事になってから口にするようになろうとは、あの頃は露にも思っていなかった。正しき世のかたちを求めていたあの小さな少年はもうどこにもいない。ここにあるのはただ剣を振るい人を殺めることしか知らない悪鬼である。
人の世とは儘ならないものであるとよく言うが、何故斯くあるのかが知れないと剣心は同志らを見る。桂に誘われ、倒幕側についたものの、幕府側の重鎮を斬ってはまた斬り、屍に屍を重ね、刀が血脂でなまくらになるまで斬った所できりがないのではないのだろうか。いや、剣心はただ抜刀斎の名の通り、人を斬ることしか考えてはならぬ。だがしかし、それは人としてあるべき姿であろうか。正しき世のかたちを作るためならば、我が身が血に塗れ骨の髄まで他者の死に浸かろうとも構わないなどと考えていたが、果たしてそれは正しい道であろうか。正しき世のかたちを作る人は正しき人のかたちを成すべきではないのか。剣心は正しき人のかたちを成さない。人を斬る悪鬼は人ならざるものである。人斬り抜刀斎は、正しき世のかたちを求めることを許されるのか。いや、考えても詮無いことだと再三己に言い聞かせる。左様な事は桂に任せれば良い、ただ己は剣が鈍らぬことを気にすれば良いのだ。
剣心は刀を抱いて眠る。この刀を愛したことなどない。人が獣から身を守るために火を焚くように、剣心も刀を抱くのだ。いや、或いは逆かもしれぬ、剣心から人を守るために剣心は刀を抱かざるを得ないのかもしれぬ。刀を抱く己に近づく輩などいない。それで構わぬ、剣心は刀そのものであり、触れるもの一切を切ることしか知らぬのだ、死にたくないものは近寄らぬ方が良い。そうだとも、近寄らないでくれ、と剣心は願う。斬らねばならぬが斬りたくはない。だがこの身は既に人を斬ることを覚えてしまった、二度とあの頃の子供と同じようには笑えぬ。
「緋村、」と飯塚の声が聞こえる。今宵も人を斬る。
